篠原四郎
大日本帝国陸軍軍人
篠原 四郎(しのはら しろう、1881年(明治14年)6月25日 - 1936年(昭和11年)10月8日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]。
篠原 四郎 | |
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生誕 |
1881年6月25日 日本 山口県 |
死没 | 1936年10月8日(55歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1902年 - 1931年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
経歴・人物
編集山口県出身[1][3]。1902年(明治35年)陸軍士官学校第14期卒業[1]。1912年(大正元年)陸軍大学校第24期卒業[1][2]。
1923年(大正12年)8月に陸軍歩兵大佐・台湾歩兵第2連隊長、1927年(昭和2年)7月に第8師団参謀長、1929年(昭和4年)8月に陸軍少将・歩兵第29旅団長を経て、1931年(昭和6年)8月1日に待命、同月29日に予備役に編入した。
脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。