竹島由美子
竹島 由美子(たけしま ゆみこ、1970年8月5日 - )は、日本のコスチュームデザイナー・元バレエダンサー。北海道旭川市出身。
たけしま ゆみこ 竹島 由美子 | |
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生年月日 | 1970年8月5日(54歳) |
出生地 | 北海道旭川市 |
国籍 | 日本 |
民族 | 日本人 |
職業 | バレエダンサー |
ジャンル | 舞台 |
活動期間 | 1986年 - 2014年 |
著名な家族 | 竹島克恵(姉、英国政府観光庁PRマネージャー[1][2]) |
経歴
編集バレエダンサーへ
編集実家は地元で100年以上続く呉服店[1][3]。4歳の頃から自らの希望で「石川みはるバレエ研究所」でバレエを習い始める。
- 1983年 - 13歳の時、アメリカのサンフランシスコバレエスクールへ留学。
- 1986年 - 北星学園女子高等学校を中退し、16歳で韓国のバレエ団でプロとしてデビュー。後に夫となるマークともここで出会い、3年後に結婚するが、経営難からバレエ団が解散。その後カナダのアルバータバレエ団、パリコンコーダンス、フェルドバレエ団などを経て、オランダ国立バレエ団へ。
- 1996年 - キエフ国際バレエコンクールで金賞受賞。
- 2000年 - 同バレエ団のプリンシパルに昇格。
- 2006年 - ドイツ・ドレスデンゼンパーオーパーバレエ団にプリンシパルとして移籍。2008年には、プリンシパル兼コスチュームデザイナーとして「ジゼル」の全幕を踊り、ベアトリクス女王に賞賛された。ガラ公演として世界中の公演にもゲスト参加している。
- 2014年4月22日 - ドレスデン・ザクセン州国立劇場での「ジゼル」公演をもってダンサー業を引退。デザイナー業に専念する[4]。
コスチュームデザイナーへ
編集1990年代後半、思うように踊れないのはコスチュームに問題があると思い至り、手製のコスチュームを開発。身体のラインにフィットしたコスチュームは非常に動きやすく、仲間からも「作ってほしい」と要望される。彼女が作ったコスチュームは、スタイリッシュなデザインを追及する彼女自身のセンスや、「背中の刺青が見えるようなデザインが良い」といったようなダンサー個人の希望などから、従来のコスチュームにはなかったカラフルでセクシーなデザインとなった。その後、彼女がデザインしたコスチュームは、ダンサーたちの口コミだけで世界中に広まり、評判も大変高いものとなった。世界の約8割のダンサーが彼女のコスチュームを身に付けているという。また、マドンナなどのトップスターも、彼女がデザインしたコスチュームを愛用している。
こうしてダンサーとしてだけでなく、デザイナーとしても認められるようになり、2003年には正式に販売会社「YUMIKO」が設立され、2007年にはアメリカ・ニューヨークに彼女がデザインしたダンスウェアの直売店が[3]、スペインに縫製工場がオープンした。2010年にはアメリカ映画『ブラック・スワン』(監督ダーレン・アロノフスキー、配給20世紀フォックス)で、主演のナタリー・ポートマンのコスチュームデザインを担当している。
出典
編集- ^ a b “商品・備品すべて完全処分!!”. まんまる新聞 (2013年3月1日). 2014年6月25日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “日本人の英国イメージは世界と大違い?ヴァージンに調査協力して英国へ行こう”. CREA WEB. 文藝春秋 (2014年3月6日). 2014年6月25日閲覧。
- ^ a b Carlos Kawashima (2010年12月11日). “バレエ界のユーミン、竹島由美子さんに聞く”. Show-Case. SESSION-2. 2014年6月25日閲覧。
- ^ Yumiko (2014年5月22日). “ダンサー引退、衣装デザイナーに専念 独ドレスデン・バレエ 竹島由美子さん”. 竹島由美子. Facebook. 2014年6月25日閲覧。
外部リンク
編集- Yumiko World - 公式サイト
- 竹島由美子 (@YumikoWorld) - X(旧Twitter)
- メディア関連サイト
- 金のA様×銀のA様 - ウェイバックマシン(2008年10月24日アーカイブ分) - 2006年2月16日OA「金のA様×銀のA様」
- 世界を変える100人の日本人公式サイト - 2009年5月8日OA「世界を変える100人の日本人」