福森白洋
福森 白洋(ふくもり はくよう、本名:憲一、1887年10月20日 - 1942年3月3日)は、日本の写真家。芸術写真系統を代表する人物のひとり。
経歴等
編集高知県香美郡赤岡町に生まれる。高知商業学校卒業(1904年)。
英語を生かして、大阪商船、米井商店、中島商会などで、それぞれ貿易に携わった。
1910年代後半に写真を始め、1921年に、浪華写真倶楽部に入会。1922年には、米谷紅浪らとともに、天弓会を結成。浪華写真倶楽部にとって、昭和戦前期における代表的な会員であり、小林鳴村など後進を多く育てた。
作品としては、ブロムオイル印画法による芸術写真が主ではあり(中でも特に風景写真)、ブロムオイル印画の名手とも言われた。さらにそれにとどまらず、1930年代には、新興写真、たとえばフォトグラム作品なども制作している。
1930年(1929年との文献もあり)には、コダック・ジャパンに入社し、宣伝部長として、撮影会や講演会などを企画した。しかし、その活動に時間を取られたため、実作品制作からは遠ざかることになった。
また、1930年代には、アサヒカメラ、カメラクラブ、フォトタイムス、写真文化(雑誌)などに、論文等を掲載した。
1941年には、「日本写真感光材料統制」を設立。
日本における展覧会
編集福森白洋を単独で紹介した写真展は、2012年現在のところ次のものだけである。
- 大正のロマン・ブロムオイルの世界 福森白洋 作品回顧(1987年)
福森白洋の作品を含む展覧会には、以下のような例がある。
参考文献
編集- 東京都写真美術館寄託の福森白洋写真作品・資料および関係資料について(金子隆一・藤原パウラ、東京都写真美術館紀要10号所収、2011年)[1]
- 上記「大正のロマン・ブロムオイルの世界 福森白洋 作品回顧」展の展覧会カタログをはじめとして、上記の各展覧会の展覧会カタログ
- 飯沢耕太郎・都市の視線 日本の写真 1920~30年代(1989年、創元社 103ページ~118ページ。増補版2005年、平凡社ライブラリー)
- 日本の写真家・近代写真史を彩った人と伝記・作品集目録(東京都写真美術館・監修、編集・発行・日外アソシエーツ、2005年)352ページ~353ページ
- 日本写真家事典(執筆・監修=東京都写真美術館、淡交社、2000年)354ページ
外部リンク
編集- 飯沢耕太郎のエッセイ(福田勝治についてのエッセイであるが、福森白洋にも触れている)