石川人成
石川 人成(いしかわ の ひとなり)は、奈良時代の貴族。従三位・石川石足の子。官位は従五位上・民部大輔。
時代 | 奈良時代 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
官位 | 従五位上、民部大輔 |
主君 | 孝謙天皇→淳仁天皇→称徳天皇 |
氏族 | 蘇我氏流石川氏 |
父母 | 父:石川石足 |
兄弟 | 年足、人成、豊成、公成? |
子 | 道益 |
経歴
編集天平勝宝3年(751年)従五位下に叙爵。淳仁朝にて、節部少輔/大輔・仁部少輔・信部大輔を歴任。この間の天平宝字6年(762年)従五位上に叙せられている。
天平宝字8年(764年)4月に武蔵守として地方官に転じたためか、同年9月の藤原仲麻呂の乱での動静は伝わらない。称徳朝の神護景雲2年(768年)民部大輔に任ぜられ、京官に復している。
官歴
編集『続日本紀』による。