矢崎光圀
矢崎 光圀(やさき みつくに、1923年(大正12年)11月29日[1] - 2004年9月13日)は、日本の法学者(法哲学)、大阪大学名誉教授。法学博士(東京大学、1968年)(学位論文「法実証主義-現代におけるその意味と機能-」)。正四位勲三等旭日中綬章。山梨県中巨摩郡(現・南アルプス市)生まれ。言語学者・翻訳家の矢崎源九郎は兄。俳優の矢崎滋は甥。
略歴
編集1942年9月成城高等学校文科乙類卒業[1]、1947年9月東京帝国大学法学部政治学科卒業[1]。同年10月東京大学大学院特別研究生[1]。
1950年4月学習院大学講師[1]、1951年5月大阪大学法経学部助教授[1]。1961年5月大阪大学法学部教授[1]。1969年9月大阪大学法学部長(11月まで)[1]。1987年3月大阪大学定年退官[1]、同年4月同大学名誉教授[1]、成城大学法学部教授[1]。1989年4月から1993年3月まで成城大学法学部長[1]。1994年成城大学を停年退職[1]。
学外においては、日本法哲学会理事(1961年5月)、日本法哲学会理事長(1979年から1985年まで)、日本学術会議会員(1986年から1988年まで)などを歴任した[1]。
ハーバート・ハート(H. L. A. Hart)著『法の概念』『法学・哲学論集』の翻訳などで功績を残した。
著書
編集- 『自然法』
- 『法実証主義 現代におけるその意味と権能』日本評論新社、1963
- 『法哲学と法社会学』岩波書店、1973
- 『法哲学』筑摩書房、1975
- 『法思想史』日本評論社、1981
- 『日常世界の法構造』みすず書房、1987
- 『法学入門』放送大学、1990
- 『法思想の世界』塙新書、1996
- 『法哲学』青林書院、2000
編著
編集翻訳
編集論文
編集- 「判例法と法的推論」『法哲学年報(1971)』(1972年)
- 「法における形式と言葉――一つの試論」『法哲学年報(1976)』(1977年)
- 「尾高朝雄の法哲学」『法哲学年報(1979)』(1980年)
- 「早稲田法哲学の伝統」『早稲田法学』第58巻第2号(1983年)
- 「法をめぐる異文化相互の距離と接合――M・ウェーバーの考えを参考にして」『法哲学年報(1986)』(1987年)
- 「現代における科学・技術の発展と法の役割変化――《自然と人間》をベースにして」『成城法学』第27号(1988年)
- 「19世紀末の日本人たちは西洋法思想をどう受けとめたのか」『成城法学』第44号(1993年)
- 「「生」について」『法哲学年報(1993)』(1994年)
- 「人間の生きることと法思想――変わらない法思想なんてあるだろうか」『成城法学』第46号(1994年)
書評
編集- 「和田小次郎著「法と人間」」『法哲学四季報』第1号(1948年)
- 「「法規範の分析」についてのおぼえがき――井上茂氏近著をよんで」『法哲学年報(1969)』(1970年)
- 「井上茂著『法哲学』」『法哲学年報(1981)』(1982年)