相生町 (津市)
歴史
編集1909年4月、被差別部落のみからなる三重県安濃郡塔世村が、同郡建部村とともに津市に合併し、相生町、愛宕町となる[1]。
1924年4月、相生町に市立保育園ができる[2]。同年6月、相生町、愛宕町の隣接地域に津市伝染病院が設置されたため、相生町民5名(桑名、池田、桑名、黒田、鳥尾)が代表となり、380余名の署名を集め、市長宛に移転要求を出す[2]。同年9月、津市の差別事件[注 1]で、相生町民・三重県水平社同人約120名が、安濃津地方裁判所の第2回口頭弁論を傍聴する[2]。
1926年7月16日、相生町に公会堂が建設され、落成式を挙行する[2]。
牛肉商の柏木姓の男が1927年5月21日夜に相生町の水平社本部で、ほか数名の同社員と共に三重県河芸郡一身田町の西田姓の男に対し、かねて水平社同人に差別的言辞を用いた理由を詰問中、その答弁に憤激し、持ち合わせていた煙管で同人左顱頂部を殴打し、治療6日を要する傷害事件が発生する[3]。
2020年9月、相生町自治会長の男が津市役所職員に不当な要求を繰り返した他、自治会などに対する補助金を詐取した事件(津市相生町自治会長事件)が示現舎により報じられる。
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経済
編集産業
編集- 商工業者
かつて存在した商工業者は、皮革商、牛馬豚生皮販売、洗濯石鹸製造業の里見[4][5]、皮革問屋、牛馬豚生皮販売の藤本[4][6]、狐狸犬猫小獣生皮販売の北尾[4]、米穀の朝井、獣肉販売の柏木・岸田、海産物の岡部、青物及び乾物販売の黒田、金銭貸付の佐竹[7]などがいた。
地域
編集施設
編集脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ 『民衆史研究(30)』92頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月9日閲覧。
- ^ a b c d e 『民衆史研究(31)』47 - 51、73頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月9日閲覧。
- ^ 『思想犯罪輯覧(思想研究資料 第14輯)』617頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月9日閲覧。
- ^ a b c 『大日本皮革及皮革製品業大鑑』三重県102頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月9日閲覧。
- ^ 『日本全国商工人名録 5版』三重県カ3頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月9日閲覧。
- ^ 『大日本商工録 昭和6年版 全国 13版』三重県25頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月9日閲覧。
- ^ 『津市商工紀要』津市商工人名録13、16 - 17、27、57、67頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月10日閲覧。
- ^ 『全国社会福祉名鑑』保育所1129頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年12月9日閲覧。
参考文献
編集- 東洋皮革新誌社編『大日本皮革及皮革製品業大鑑』東洋皮革新誌社、1911年。
- 商工社編『日本全国商工人名録 5版』商工社、1914年。
- 津商業会議所編『津市商工紀要』津商業会議所、1922年。
- 司法省刑事局編『思想犯罪輯覧(思想研究資料 第14輯)』司法省刑事局、1931年。
- 大日本商工会編『大日本商工録 昭和6年版 全国 13版』大日本商工会、1931年。
- 『全国社会福祉名鑑』福祉新聞社、1965年。
- 民衆史研究会編『民衆史研究(30)』民衆史研究会、1986年。
- 民衆史研究会編『民衆史研究(31)』民衆史研究会、1986年。