皆藤 喜代志(かいとう きよし、1893年明治26年)3月10日[1] - 1976年昭和51年)5月6日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将

経歴

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茨城県出身[1][2]1914年(大正3年)5月、陸軍士官学校第26期卒業[3]

1939年(昭和14年)8月、陸軍歩兵大佐に進級と同時に関東軍司令部附となり、1941年(昭和16年)5月、歩兵第227連隊長に補された[2]。連隊長として支那事変に出征し、大東亜戦争が勃発すると1944年(昭和19年)に第38軍隷下となりインドシナに駐屯した[1]1945年(昭和20年)3月1日、陸軍少将に進み、同月29日、独立混成第88旅団長となり、全県の警備に当たる中終戦を迎えた[1]

1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[4]

脚注

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  1. ^ a b c d e 福川 2001, 200頁.
  2. ^ a b 外山 1981, 363頁.
  3. ^ 外山 1981, 348頁.
  4. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十三年一月三十一日 仮指定者」211頁。

参考文献

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  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026 
  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738