異馬(いば)とは、突然変異などで一般の馬とは外見が異なる馬に対しての称。『吾妻鏡』に記述される異馬に九足(多足馬)がいる。

『吾妻鏡』における九足の記事

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九足の初見は、『吾妻鏡』の建久4年(1193年)7月24日条、横山時広(嫡男に横山時兼)と言う武士が一匹の異馬を引いて、将軍頼朝の前に参じたところから始まる。この馬は足が9本あり、前足が5本、後足が4本とされる。特に名付けられておらず、『吾妻鑑』では一貫して、「九足」、「異馬」と呼称している。時広の話によれば、5月に所領の淡路国分寺にて発見したと伝えている。「本朝一匹の九足」と記されている事から、突然変異体の多足馬の記述(現存書物の記録)としては、日本最古と見られる。将軍家はこの九足を陸奥国外の浜に放つように命じた為、東北へ移された。

次に記述が見られるのは、翌年の建久5年(1194年)6月10日条で、奥州の道中で、伊佐氏の家人に射殺されてしまい、将軍家にその話が発覚したと記されている。この記述からも多足でも歩行はできたものと見られるが、9本全ての足を地につけて歩いていたかは記述されていない(ぶら下がった状態の未成熟の足の可能性もある)。また、結合双生児の類とも考えられる[1]

  • 和歌山県太地町立くじらの博物館が2006年11月4日に発表した事として、胸びれ・背びれ・尾びれとは別に、生殖器の脇に第4のひれを有するバンドウイルカ(愛称はるか)が捕獲されている(第4のひれを持った鯨類の発見は世界初である)。日本鯨類研究所の大隅清治顧問は、「突然変異で先祖返りしたのではないか」とコメントを残している(退化したはずの後ろ脚の名残と見られている)。朝日新聞2006年11月5日(日曜)付より。この例からも、自然界において、通常の個体と比べて脚の本数が多い哺乳動物は見られる。
  • 文献上の多足獣類としては、『日本書紀天智天皇10年(671年・7世紀末)4月条の記述に、「筑紫国で8本足の鹿が生まれて、間もなく死んだ」と報告がある。
  • 南島雑話』には8本の角と足が前8本、後ろ8本の牛の姿をした耕作の神「奈麻戸奴加奈之(ナマトンカナシ)」とが記されている[2]

脚注

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  1. ^ 日本テレビ番組『ザ!世界仰天ニュース』において、インド人少女の結合双生児の実例として、下半身に首のない胴体が結合している例が紹介されている。その姿は、腕4本に足4本の計8本であり、外見上、インドの多数の手を持つ女神ラクシュミと類似していた事から在地住民が分離手術に反対する騒ぎになった。しかし、命の危険性から両親は手術を承諾し、成功している。この症例では、成長に伴い、命の危険性が指摘されている(この点、馬の場合、四足である為、問題がない)。九足も、母体で成長過程に結合したと考察する方が医学的である。
  2. ^ 奈麻戸奴加奈之(ナマトンカナシ)

参考文献

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  • 『吾妻鏡』

関連項目

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