町田 猛郎(まちだ たけしろう、1856年3月20日安政3年2月14日[1]) - 1916年大正5年)6月8日[2])は、日本の政治家衆議院議員(1期)。

経歴

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兵庫県出身[2]1877年大阪師範学校[2]。質屋業を営む[2]。小学校訓導、城西小学校校長となる[2]。また、姫路市会議員、同参事会員、同学務委員、破産管財人を務める[2]

1902年第7回衆議院議員総選挙において姫路市選挙区から帝国党公認で立候補したが1票差で落選した[3]1903年第8回衆議院議員総選挙で当選した[4]。衆議院議員を1期務め、1904年第9回衆議院議員総選挙で落選した[5]。1916年に死去した。

脚注

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  1. ^ 衆議院 編『『第十八回帝国議会衆議院議員名簿』』衆議院公報附録、1903年、4頁。NDLJP:900093 
  2. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』589頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』37頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』42頁。
  5. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』46頁。

参考文献

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  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。