田中琴乃
日本の体操選手 (1991-)
田中 琴乃(たなか ことの、1991年8月18日 - )は、大分県別府市出身の元新体操選手。2008年北京オリンピック代表(新体操団体)。別府市立西小学校[1](現・別府市立山の手小学校[2])、別府市立山の手中学校[1][3]、日本女子体育大学附属二階堂高等学校、日本女子体育大学[4]卒業。身長167cm[4]、体重48kg[4]。松永RG出身。株式会社ポーラ 宣伝部PR担当を経て、現在[いつ?]はフェアリージャパンPOLA公式アンバサダー。
個人情報 | |
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生誕名 | 田中 琴乃 |
国籍 | 日本 |
生誕 | 1991年8月18日(33歳) 日本 大分県 |
スポーツ | |
国 | 日本 |
競技 | 新体操 |
種目 | 2008年北京オリンピック代表 |
チーム | 新体操日本代表 |
引退 | フェアリージャパンPOLA公式アンバサダー |
経歴
編集5歳から新体操を始める。2006年12月より新体操日本代表に加入。2007年、2009年~2011年世界新体操選手権代表(団体)。2008年北京オリンピック代表(新体操団体)。2012年ロンドンオリンピック代表(新体操団体)。2010年よりフェアリージャパンキャプテンを務めた。
ロンドン五輪後にフェアリージャパンを卒業し、個人の選手として活動していた。
2013年、現役を引退。2014年、株式会社ポーラに入社。美容研究室を経て、2015年に宣伝部PR担当となる。またフェアリージャパンPOLAの美容コーチとして選手のメイクにも携わっていた。
2018年よりフェアリージャパンPOLA公式アンバサダー。
主な試合結果
編集- 2006年 全国中学校体育大会 個人総合2位
- 2006年 全日本ジュニア選手権 個人総合優勝
- 2006年 ブルガリア・バルナ国際 ジュニア個人総合2位
- 2006年 全日本新体操選手権 個人総合6位
新体操日本ナショナル選抜団体チームとして
- 2007年 世界新体操選手権 団体総合 7位
- 2008年 北京オリンピック 団体総合 10位
- 2009年 W杯・ポルチマン大会 種目別リボンロープ 優勝
- 2009年 世界新体操選手権三重大会 団体総合 8位 種目別リボンロープ4位
- 2010年 ロシア新体操国際(Gazprom Cup) 団体総合4位 種目別決勝フープ4位 リボンロープ3位
- 2010年 ギリシャ新体操国際(カラマタカップ) 団体総合8位 種目別決勝フープ7位 リボンロープ6位
- 2010年 サンクトペテルブルク新体操国際 団体総合3位 種目別決勝フープ3位 リボンロープ3位
- 2010年 ベラルーシ新体操国際 団体総合4位 種目別決勝フープ2位 リボンロープ5位
- 2010年 イタリア新体操国際 団体総合10位 種目別決勝リボンロープ4位
- 2010年 世界新体操選手権モスクワ大会 団体総合6位 種目別決勝フープ6位 リボンロープ6位
- 2011年 W杯ウズベキスタン国際 団体総合優勝 種目別決勝ボール優勝 リボンフープ優勝
- 2011年 世界新体操選手権フランス大会 団体総合5位 種目別決勝ボール5位 リボンフープ7位
- 2012年 W杯ロシア新体操国際 団体総合2位 種目別決勝ボール2位 リボンフープ2位
- 2012年 ロンドンオリンピック 団体総合7位
関連項目
編集脚注
編集- ^ a b “学校からのお知らせ 田中琴乃さん 講演会”. 別府市立山の手中学校 (2019年1月16日). 2021年8月7日閲覧。
- ^ “西・青山統合小学校(仮称)開校に向けて ~平成28年4月 山の手小学校が開校しました~”. 別府市. 2021年8月7日閲覧。
- ^ “2019年1月12日 午後5:44投稿”. 2021年8月7日閲覧。
- ^ a b c “選手 田中 琴乃 (たなか ことの)”. 公益財団法人日本オリンピック委員会 (2012年7月27日). 2021年8月7日閲覧。
参考文献
編集脚注
編集外部リンク
編集- 新体操日本代表 フェアリージャパン ポーラ 公式応援ブログ - ウェイバックマシン(2007年9月17日アーカイブ分)
- 田中琴乃 - Olympedia
- 田中琴乃 - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ
- 田中琴乃 - FIG
- 田中琴乃 (@tanakakotono) - X(旧Twitter)
- 田中琴乃 (@tanakakotono) - Instagram