田中元 (政治家)
田中 元(たなか はじめ、1912年〈大正元年〉8月24日[1] - 1953年〈昭和28年〉8月28日[2][3])は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員。
経歴
編集北海道函館区(現函館市)で生まれる[4]。北海道庁立函館中学校(現北海道函館中部高等学校)を経て[4]、1939年(昭和14年)東京歯科医学専門学校(現東京歯科大学)を卒業した[2][4]。興亜院嘱託となり、同技手、在北京大使館技手、同技師を歴任した[2][4]。
その後、日本興行取締役、函館ミツワ商会取締役会長、大洋貿易社長、函館ドック顧問などを務めた[2][4]。
1949年(昭和24年)1月、第24回衆議院議員総選挙で北海道第3区から民主自由党所属で出馬して初当選[2][4][5]。第25回総選挙で自由党所属で出馬するも次点で落選[6]。1953年(昭和28年)4月の第26回総選挙で再選[6]されたが、同年8月に死去し、衆議院議員を通算2期務めた[2][4]。この間、自由党副幹事長に在任した[2][4]。
親族
編集脚注
編集参考文献
編集- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 『北海道歴史人物事典』北海道新聞社、1993年。
- 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。