田上 帯雨(たがみ たいう、1908年明治41年)4月18日-2000年平成12年)7月8日)は日本の書家全日本書芸文化院名誉代表。本名は田上重利。

略歴

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1908年(明治41年)4月18日、熊本県に生まれる。1930年(昭和5年)に法政大学高等師範部を卒業する。1933年(昭和8年)に田代秋鶴に師事し、書を始める。教職の傍ら、書学に励み、1938年(昭和13年)に文部省検定(文検習字科)に合格する。

共立女子専門学校白百合女子大学で書道の指導にあたり、1950年(昭和25年)に日本書道美術院審査員、1951年(昭和26年)に全日本書芸文化院副会長、1965年(昭和40年)に日本書道美術院理事1971年(昭和46年)に全日本書芸文化院代表を歴任する。 1940年(昭和15年)に興亜書道展文部大臣賞を受賞する。

著書

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  • 『書体字典-和漢名筆』(大同出版社、1951)
  • 『思ふことが自由に組み立てられるペン習字兼用女子手紙の書き方』(大同出版社、1951)
  • 『三体ペン字と応用手紙文』(大同出版社、1953)

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  • 『すぐ役に立つ模範手紙宝典-実用ペン字入り』(育文社、1953)

参考

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  • 『現代物故者事典2000-2002』(日外アソシエーツ、2003)