生田寅雄
大日本帝国陸軍軍人
生田 寅雄(いくた とらお、1890年(明治23年)1月22日 - 1976年(昭和51年)12月25日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
生田 寅雄 | |
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生誕 |
1890年1月22日 日本 山口県 |
死没 | 1976年12月25日(86歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1911年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
経歴・人物
編集山口県出身[1]。1911年(明治44年)陸軍士官学校第23期卒業、陸軍歩兵少尉に任官[1][2]。
1937年(昭和12年)8月に陸軍歩兵大佐・沖縄連隊区司令官、1939年(昭和14年)8月に近衛師団司令部附、同年11月に近衛歩兵第2連隊補充隊長、1941年(昭和16年)4月に留守近衛師団司令部附、同年6月に第23軍特務部長、1942年(昭和17年)2月に第10独立守備隊長を経て、同年8月に陸軍少将に昇進[3]。 その後、1943年(昭和18年)6月に東部軍司令部附、1944年(昭和19年)1月に第1警備司令官(東部軍[4][5])を経て、同年9月に独立歩兵第7旅団長に任ぜられ、南昌にて終戦を迎えた[1][3]。
栄典
編集- 外国勲章佩用允許
脚注
編集参考文献
編集- 外山操・森松俊夫 編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。
- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。