海道賢仁
日本のゲームクリエイター
海道 賢仁(かいとう けんし、1969年1月25日 - )は日本のゲームデザイナー、ゲームディレクター、ゲームプロデューサー。
かいとう けんし 海道 賢仁 | |
---|---|
2005年撮影 | |
生誕 |
1969年1月25日 石川県金沢市 |
国籍 | 日本・石川県 |
別名 |
ぱぱら快刀 ゲーム仙人かいぽん |
代表作 |
ナイトストライカー、 サルゲッチュ、 ICO |
「ぱぱら快刀」「ゲーム仙人かいぽん」と名乗る事もある。
ゲームディレクター及びゲームデザイナーとして、アーケード、コンソール、ソーシャルゲームなどの多様なプラットフォームで数々のゲームを生み出している。
ゲームプロデューサーとしても活躍し『ICO』『ワンダと巨像』の両タイトルを手掛けた。
家庭用通信カラオケ機『Xー55』のハードウェア開発にも関わるなど、プラットフォームやジャンルを問わず、オールラウンドに才能を発揮している。
経歴
編集作品一覧
編集タイトー時代
編集- 地獄めぐり(1988年 アーケード ゲームデザイン)
- ナイトストライカー(1989年 アーケード ゲームディレクター)
- チャンピオンレスラー(1989年 アーケード ゲームディレクター)
- キャメルトライ(1990年 アーケード ゲームディレクター)
- ソニックブラストマン(1990年 アーケード ゲームディレクター)
- ウォーリアーブレード(1992年 アーケード ゲームディレクター)
- デッドコネクション(1992年 アーケード ゲームプロデューサー)
- X-55(プラットフォーム開発)※家庭用通信カラオケ機
- クレオパトラフォーチュン(X-55 ゲームデザイナー)
ソニー・コンピュータエンタテインメント時代
編集- サルゲッチュ(1999年 PlayStation ゲームデザイナー)
- ICO(2001年 PlayStation 2 ゲームプロデューサー)
- ワンダと巨像 (2005年 PlayStation 2 ゲームプロデューサー)
ツェナワークス時代
編集- ドラゴンクエストモンスターパレード(2013年 ゲームプロデューサー)
脚注
編集1,【第7回リレーブログ クリエーター編】”ナイトストライカー”ぱぱら快刀こと海道様[前編](Beep2018年12月12日 )2023年11月13日閲覧。
2,【第7回リレーブログ クリエーター編】”ナイトストライカー”ぱぱら快刀様こと海道様[後編](Beep2018年12月21日)2023年11月13日閲覧。
3,コンティニュー vol.5 出版社 太田出版 出版日 2002年6月1日 ISBN-13978-4778340384
参考文献
編集- コンティニューvol.5 「ナイトストライカー」「ICO」を創った男(2002年)
- ゲームの流儀 単行本 – (2012年6月 寄稿)
外部リンク
編集- 海道賢仁 (@kenji_kaido) - X(旧Twitter)
- 『ICO』を振り返る。上田文人(ディレクター)×海道賢仁(プロデューサー)-(2004年)
- 【Game Developers Conference 2004】レポート海道賢仁氏と上田文人氏がPS2「ICO」の開発経緯を解説-(2004年)
- ファミ通.com SCE発表会続報! 『ワンダと巨像』、気になるゲーム内容は?-(2004年)
- Gamez クリエイター自らが語る「ワンダと巨像」&「モンスターキングダム」-(2005年)
- 電撃ドットコム 電撃オンライン 『ワンダと巨像』-(2005年)
- 「D.I.C.E. Summit 2006」「ゴッド・オブ・ウォー」&「ワンダと巨像」 ~ アメリカで好評を得た二つのタイトル -(2006年)
- 週刊やろうぜ!プロデューサーに聞け!第1回 海道賢仁-(2006年)
- ゲームやろうぜ!プロデューサーに聞け!第2回 海道賢仁-(2006年)
- まるさんかくきかく~ゲーム屋稼業-(2013年)
- 現役ゲームクリエイターに学ぶものづくりの極意!平成28年公開ゼミナール 講演者 ゲームクリエイター 海道 賢仁(2016年)
- ドラゴンクエスト モンスターパレード スタッフロール
- Bestwi-海道賢仁 マイクロブログSNS、Twitterのつぶやき
- マイ・ベスト・アーケードゲーム Vol.12 海道賢仁