浮田秀真
浮田 秀真(うきた ひでまさ、寛永元年(1661年) - 正徳3年1月8日(1713年2月2日))は、江戸時代中期の人物。八丈島に配流となった宇喜多一族。父は浮田秀律。子に秀徳、継栄、継高、継真。弟に継治、継善。
生涯
編集寛永元年(1661年)、浮田半平家の当主浮田秀律の長男として生まれる。
父の死後、家督を相続するも、元禄11年(1698年)に秀心(ひでなか、秀真の異母弟か?)に家督を譲る。
正徳3年(1713年)、島内で大流行した天然痘により死去(戒名は、証誉了真居士)。長男秀徳は宇喜多嫡家(孫九郎家)を継ぎ、継栄は浮田半六家、継真は浮田半七家を興す。
参考文献
編集- 立石定夫『戦国宇喜多一族』(新人物往来社、1988年)ISBN 978-4-404-01511-2
- 近藤富蔵『八丈実記 第1巻-第7巻』緑地社、1964-1976。