浦野墓地群
与那国島の北東部にある墓地群
概要
編集与那国島で最も大きな集落である祖納集落の北から東にかけて広がる集合墓地で、小さな古墳のような規模の大きな亀甲墓を中心に、荒野のような広大な敷地に広がり、「死者の都」などと形容されることがある[1][2]。
与那国島では死者を埋葬する風習がなく、崖下などに安置する、風葬(崖葬)とする習慣が長年にわたり続けられてきた。崖葬墓の多くは当時の村落付近に設けられたが、後に岩窟に遺体を安置して入口を土や石で封鎖し墓にするようになり、この形態が一般に広まり現在の亀甲墓になった。立地・方角・形態・寸法のすべてにおいて墓地風水が一貫する[3][4]。墓地を抜けた東側には通称「六畳ビーチ」がある[5]。
ギャラリー
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死者の都とも形容される。背後左にピラミッド型の1億円の墓が見える。
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様々な形態の墓が点在する
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海辺の亀甲墓。立地・方角・形態・寸法のすべてにおいて墓地風水が一貫する。
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海に向かって立つ地蔵。厳しい自然環境がしのばれる。
1億円の墓
編集墓地の一角には、凱旋門のような形状の門のあるピラミッド型の墓があり、通称「1億円の墓」と呼ばれ、地元の実業家の墓である[6]。
脚注
編集- ^ “与那国島-浦野墓地群-”. OKINAWATRIP. 2022年11月14日閲覧。
- ^ 池間栄三 『与那国の歴史』池間苗、1959年(P36–37)
- ^ a b “死者と生者が近い島!?与那国島の死生観を感じる「浦野墓地群」へ行ってみた。”. 離島ナビ (2016年7月13日). 2022年11月14日閲覧。
- ^ “与那国島、絶景の六畳ビーチ”. OKINAWA CLIP (2014年7月2日). 2022年11月14日閲覧。
- ^ “与那国凱旋門・ピラミッド/1億円の墓の詳細情報”. 沖縄離島ドットコム. 2022年11月14日閲覧。