津軽承保
津軽 承保(つがる つぐやす)は、江戸時代後期の大名。陸奥国黒石藩3代藩主。官位は従五位下・出雲守。
時代 | 江戸時代後期 |
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生誕 | 文政4年11月29日(1821年12月23日) |
死没 | 嘉永4年9月24日(1851年10月18日) |
改名 | 斧勝(幼名)→正足(幼名)→承保 |
墓所 | 東京都台東区上野の津梁院 |
官位 | 従五位下出雲守 |
幕府 | 江戸幕府 |
主君 | 徳川家慶 |
藩 | 陸奥黒石藩主 |
氏族 | 津軽氏 |
父母 | 父:津軽親足 |
兄弟 | 養兄弟:順承 |
妻 | 正室:藤堂高秭娘・寅久子 |
子 | 養子:承叙 |
略歴
編集文政4年(1821年)11月29日、初代藩主・津軽親足の次男として黒石にて誕生。幼名は斧勝。初名は正足(まさたり)。
天保10年(1839年)に、父の養嗣子として黒石藩2代藩主となっていた津軽順徳が津軽順承として本家弘前藩の家督を継ぐこととなったため、同年5月16日にその後を受けて藩主となった。この時、順承から偏諱を受け、承保と改名した。
嘉永4年(1851年)9月24日、31歳で死去し、跡を養子・承叙(津軽順朝の次男)が継いだ。墓所は東京都台東区上野の津梁院。
系譜
編集父母
- 津軽親足(父)
正室
- 寅久子 ー 藤堂高秭の娘
養子
略系図
編集津軽信政弘4 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
信壽弘5 | 寿世黒(4) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
信興 | 著高黒(5) | 朝儀 | |||||||||||||||||||||||||||||||
信著弘6 | 寧親黒(6),弘9 | 朝定 | |||||||||||||||||||||||||||||||
信寧弘7 | 信順弘10 | 典暁黒(7) | 順朝 | ||||||||||||||||||||||||||||||
信明弘8 | 親足黒(8)1 | 承祜※a | 承叙※b | ||||||||||||||||||||||||||||||
順徳黒2順承弘11 | 承保黒3 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
承祜※a | 承昭弘12 | 承叙黒4※b | |||||||||||||||||||||||||||||||
- 実線は実子、点線は養子を示す。
- すべての人物を掲載してはおらず、また兄弟・姉妹の順に配列してはいない。
- ※印は、同じ英字を付した人物が同一人物であることを示す。
- 「弘」を付した数字は弘前藩主代数、「黒」を付した数字は黒石藩主代数(( )内はは旗本としての代数)を示す。