桜井順

日本の作曲家、作詞家 (1934-2021)

桜井 順(さくらい じゅん、1934年3月14日 - 2021年9月25日)は、日本の作曲家作詞家東京都麻布[1]出身。本名は櫻井 峯夫(さくらい みねお)[2]。作詞の際のペンネームに「水木 ひろし(みずき ひろし)」「能 吉利人(のう きりひと)」。櫻井 順と表記される場合もある。

桜井さくらい じゅん
出生名 櫻井さくらい 峯夫みねお
別名 水木みずき ひろし
のう 吉利人きりひと
生誕 (1934-03-14) 1934年3月14日
出身地 日本の旗 日本東京都港区麻布
死没 (2021-09-25) 2021年9月25日(87歳没)
学歴 慶應義塾大学経済学部卒業
ジャンル CMソング、童謡、歌謡曲
職業 ソングライター
共同作業者 大森昭男

曾祖父(父方の祖母の父)は貴族院議員慶應義塾長を務めた小幡篤次郎。父方の祖父は三井物産砂糖部長・三越常務取締役・二幸取締役などを歴任した櫻井信四郎[3]幼稚舎(小学時代)より慶應義塾に学び、慶應義塾大学経済学部を卒業。祖父、父、自身と3代続けて幼稚舎〜経済(理財)を卒業した[4]

来歴

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慶應義塾大学経済学部卒業。就職先が決まった頃には朝日放送主催の『ABCミュージカルスポット・コンクール』[1]に応募し、2位に入賞していた(1位は越部信義[5]。商社に勤める傍ら、夜は三木鶏郎主宰の「冗談工房」に音楽スタッフとして参加。希望していた海外勤務の夢が叶わないことを知ったこともあり、音楽に専念する道を選び、1年後に商社を退社した[1]

1964年、同じ三木鶏郎のもとで働いていた音楽プロデューサー大森昭男と個人事務所「ブレーンJACK」を設立。資生堂のコマーシャルを多く手がける。そのほか、和田誠「オフ・オフ・マザー・グース」「またまた・マザー・グース」の作曲、冗談工房の同門にあたる野坂昭如のための楽曲、童謡「とんでったバナナ」など、作品ジャンルは多岐にわたる。

2007年には、CM用の楽曲を中心に、これまでの作品を収録したCD『桜井順 CM WORKS』(ソリッドレコード)を発売している。

近年はSuicaのCMソングやカゴメサウンドロゴを手掛けるなど、幅広い年代で活動した[6][7]

2021年9月25日、心不全のため、東京都港区の自宅で死去。87歳没[2][8][9]

主な作品

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CMソング

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童謡

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  • とんでったバナナ
  • ツッピンとびうお
  • 南のなかま
  • 「オフ・オフ・マザー・グース」「またまた・マザー・グース」諸作品
  • ヘンなABCみんなのうた
  • ぼくのバレンタインデー(みんなのうた)作詞は水木ひろし名義
  • ドキドキドン1年生

歌謡曲

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  • 黒の舟唄(作詞は「能吉利人」名義)
  • マリリン・モンロー・ノー・リターン(作詞は「能吉利人」名義)
  • バージンブルース(作詞は「吉利人」名義)
  • 銀のかざぐるま

ピアノ曲

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  • うさぎ小屋のピアニストたち(10手連弾)
  • クッキング・トレイン(5手連弾)

テレビ番組

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著作

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  • 能吉利人「CM詩集 毒」(思潮社、1969)
  • 「オノマトピア 擬音語大国にっぽん考」(電通、1986)のち岩波現代文庫 ISBN 978-4006021702

脚注

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  1. ^ a b c 田家秀樹『みんなCM音楽を歌っていた』(2007年、徳間書店)p.31
  2. ^ a b “桜井順さん死去”. 朝日新聞社. (2021年9月26日). https://www.asahi.com/articles/DA3S15056167.html 2024年3月7日閲覧。 
  3. ^ 櫻井信四郞 (第8版) - 『人事興信録』データベース”. jahis.law.nagoya-u.ac.jp. 2023年12月1日閲覧。
  4. ^ 桜井 順 作品リスト:”. paperzz.com. 2022年1月8日閲覧。
  5. ^ 今井和也『テレビCMの青春時代』(中公新書、1995年)p.47
  6. ^ 桜井順CM関連映像リンク
  7. ^ みなさんのお声でカゴメ「サウンドロゴ」が決定しました! - &KAGOME
  8. ^ 作曲家の桜井順さん死去 富士フイルム「お正月を写そう」”. 時事ドットコム. 2021年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月7日閲覧。
  9. ^ 作曲家の桜井順さん87歳死去、代表作に富士フイルム「お正月を写そう」 - おくやみ”. 日刊スポーツ. 2021年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月7日閲覧。

関連人物

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外部リンク

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