桜井 正光(さくらい まさみつ、1942年1月8日 - 2024年1月24日)は、日本の経営者。リコー特別顧問、日本気候リーダーズ・パートナーシップ代表、NPO法人日本防災士機構評議員、経済同友会代表幹事を務めた。

来歴

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東京都出身。東京都立墨田川高等学校早稲田大学第一理工学部工業経営学科卒業後、リコー入社[1]。1993年Ricoh Europe B.V.取締役社長。

コピー機関連の英国工場の立ち上げや、海外販社の運営、研究開発部門で手腕を発揮。1996年に上席役員を八人抜いての大抜擢で社長に就任した。「販売のリコー」と呼ばれる同社で技術者出身社長は初めて。11年間社長を務め、連結の売上高は約2倍の2兆689億円、純利益は約5倍の1117億円に拡大させた。

2004年ビジネス機械・情報システム産業協会会長[2]。2005年日本品質管理学会会長[3]。2007年にリコー会長に就任。同年、経済同友会代表幹事に就任し、2011年4月まで務めた。2013年4月、リコー特別顧問[4]。2017年3月、リコー特別顧問を勇退。また、日本気候リーダーズ・パートナーシップ代表を退任し、顧問に就任[5]

2003年名誉大英帝国勲章CBE受章、2006年フランス共和国レジオン・ドヌール勲章オフィシエ受章[6]、2010年早稲田大学名誉博士[7]

2024年1月24日、急性気管支肺炎のため、死去した[8]。82歳没。

人物

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法華経の一節「まさに知るべし、この処これ即ち道場なり」が信条。

欧州勤務が長く、企業の環境保全に対する意識の高さを学んだ。リコーのスタンスとして「環境経営」を唱え、環境税導入に積極的で、これに反対する御手洗冨士夫日本経団連会長としばしば対立した。

経済同友会代表幹事としては環境政策で意見をともにする民主党との良好な関係を築いていたが[9]企業・団体献金については廃止の方針を貫くべきと主張するなど是々非々の立場であった[10]

2007年に第36回ベストドレッサー賞を受賞するなど財界活動以外でも注目を集める。趣味は英国赴任時代に覚えたクレー射撃

脚注

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  1. ^ 顕彰状 桜井正光氏”. 早稲田大学. 2023年1月18日閲覧。
  2. ^ 歴代会長”. ビジネス機械・情報システム産業協会 (2019年11月18日). 2024年2月24日閲覧。
  3. ^ 「巻頭メッセージ 新会長あいさつ 国際競争力向上のための品質立国-日本の再生(Q-Japan) 桜井 正光」 学会誌『品質』Vol.36, No.1, 2006”. ビジネス機械・情報システム産業協会. 2020年10月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月10日閲覧。
  4. ^ [1]
  5. ^ 日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan-CLP)リコー 特別顧問 桜井正光がJapan-CLP代表を退任 日本気候リーダーズ・パートナーシップ事務局(公益財団法人 地球環境戦略研究機関内)
  6. ^ リコーの桜井正光会長がレジオン・ドヌール勲章オフィシエを受章”. 駐日フランス大使館 (2019年1月17日). 2021年7月10日閲覧。
  7. ^ 2010年度学部入学式 四氏に名誉博士学位を贈呈しました”. 早稲田大学 (2010年4月1日). 2014年1月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月5日閲覧。
  8. ^ リコー元会長の桜井正光氏が死去 82歳」『日本経済新聞』2024年2月8日。2024年2月8日閲覧。
  9. ^ 「財界の政権交代」目指す桜井リコー会長が提言機関”. FACTA ONLINE. 2023年1月18日閲覧。
  10. ^ 同友会代表幹事、民主の企業献金受け入れ「廃止を貫くべき」”. 日本経済新聞 (2010年11月2日). 2023年1月18日閲覧。
先代
浜田広
リコー社長
1996年 - 2007年
次代
近藤史朗
先代
樫尾幸雄
ビジネス機械・情報システム産業協会会長
2004年 - 2006年
次代
前田義廣
先代
飯塚悦功
日本品質管理学会会長
2005年 - 2006年
次代
圓川隆夫