東風輪敬久

日本のゲームクリエイター

東風輪 敬久(こちわ のりひさ)は、日本ゲームクリエイター

来歴

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幼少期~アイデアファクトリー入社

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子どものころから絵を描くことが好きで、その延長で物を作ることが好きだった[1]。 その一方、スポーツを苦手としていたものの、サッカーは好きだった。

ゲームにも親しみがあり、F1好きの父親と『F1レース』を楽しんだほか、『マリオブラザーズ』も遊んだ[1]

10代前半の頃、親の購入したPC-8801を通じてパソコンゲームに親しみ、『ザナドゥ』や『ロマンシア』、『ウィザードリィ』といったファンタジーRPGを楽しんだ[1]。 高校時代はゲームから距離を置き、バンド活動などをする傍ら絵を描き続けていた[1]

絵が好きだったことからデザイン事務所に就職したものの、仕事に物足りなさを感じ、デザイン事務所を辞める[1]

その後はゲームセンターでアルバイトをしていたが、ある日偶然見た初代PlayStationのテレビCMに惹かれ、ゲーム業界への就職を考え始める[1]。 奇抜な作品を作りたいという思いから、『厄 友情談疑』を製作したアイデアファクトリーにデザイナーとして入社した[1]

アイデアファクトリー/コンパイルハート

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アイデアファクトリーでの初めての仕事は『厄痛 呪いのゲーム』のパッケージデザインであり[1]、プロデューサーになった後もロゴなどのデザインを手掛けた[2]

また、『新天魔界 ジェネレーション オブ カオスV』までの公式Webのデザインも手掛けていた[1]

コンパイルハートへ異動してPlayStation 3用ゲームの開発が始まった際、桑名真吾佐藤嘉晃をはじめとするプロデューサーたちからゲーム制作を通じてプロデュースの方法を学んだ[1]

2017年10月1日、コンパイルハートの取締役社長に就任した[1]が、2020年9月末を以て同職を退任、コンパイルハートから退社した。

主な作品タイトル

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脚注

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参考文献

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