木原仙八
大日本帝国陸軍軍人
木原 仙八(きはら せんぱち、1870年6月25日(明治3年5月27日) - 1944年(昭和19年)4月27日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
生誕 |
1870年6月25日 安芸国 広島藩 |
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死没 | 1944年4月27日(73歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1896年 - 1926年 |
最終階級 | 陸軍中将 |
経歴・人物
編集福岡県士族木原好次郎の弟として生まれる[2]。安芸国(現・広島県)出身[1][3]。福岡県立尋常中学修猷館を経て[4]、1896年(明治29年)陸軍士官学校第7期卒業[1][3]。1903年(明治36年)陸軍大学校第17期卒業[1][3]。
1916年(大正5年)11月に陸軍歩兵大佐・広島連隊区司令官、1918年(大正7年)7月に歩兵第9連隊長、1921年(大正10年)6月に陸軍少将・近衛歩兵第2旅団長、1923年(大正12年)8月に第1師団司令部附を経て、1926年(大正15年)3月2日に陸軍中将に昇進と同時に待命、同月22日に予備役に編入した[1][3]。
脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
- 人事興信所編『人事興信録』第5版、人事興信所、1918年。