木の葉化石園

栃木県那須塩原市の化石展示施設

木の葉化石園(このはかせきえん)は、栃木県那須塩原市に所在する民間の化石博物館である。1905年明治38年)に開園し、古代の塩原化石湖の湖底に堆積した泥岩層の植物化石を展示している。

木の葉化石園
Konoha Fossils Museum.
塩原湖成層の露頭
木の葉化石園の位置(栃木県内)
木の葉化石園
栃木県内の位置
施設情報
専門分野 化石
館長 加藤正明[1]
開館 1905年
所在地 329-2924
日本の旗 日本栃木県那須塩原市中塩原472
位置 北緯36度58分51.2秒 東経139度48分23.9秒 / 北緯36.980889度 東経139.806639度 / 36.980889; 139.806639座標: 北緯36度58分51.2秒 東経139度48分23.9秒 / 北緯36.980889度 東経139.806639度 / 36.980889; 139.806639
最寄駅 野岩鉄道上三依塩原温泉口駅
最寄バス停 ゆ~バス木の葉化石園入口
最寄IC 東北自動車道西那須野塩原IC
外部リンク http://www.konohaisi.jp/
プロジェクト:GLAM
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木の葉石

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塩原湖成層で採集された木の葉石

約30万年前の新生代第四紀の地殻変動で形成された東西約6km、南北約2km[2]の塩原化石湖の湖盆に高原山の火山灰や溶岩流が堆積した泥岩層から出土した植物の化石を、木の葉石と称する[3]。初めて科学的な研究を行ったのはスウェーデンの地質学古植物学者のアルフレッド・ナトホルストで、1888年(明治21年)の報告書ではブナカエデなど15種類が記載された。1931年から1940年にかけて遠藤誠道による詳細な研究で115種が同定され、さらに1940年に小泉源一により新たに14種が同定された[2]。多くは双子葉植物で、カバノキ属シデシイやカエデなどがみられ、イヌブナが最も多かった。ほかにオノオレカンバミズナラクリ[3]水草マツモフサモ[4]などが見つかっている。植生から、当時の気候は現在より若干寒冷で、中禅寺湖畔や北海道中南部に類似していたと推測される[3]。植物以外ではウグイなどの淡水魚カエル[5]トンボカメムシハチクモなどの化石も出土している[3]。化石の状態は良好で、細かな葉脈やネズミの体毛[1]、肉眼では確認できない花粉植物プランクトンも発見された[5]

化石を含む泥岩層は厚さ約15m、幅約20m、奥行約100mにわたり分布する[6]。塩原化石湖の湖面は海抜500~600mほどと推測され、海抜558mの木の葉化石園は当時の湖水の中心部に相当すると考えられる[4]

博物館

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木の葉化石園の開園は1905年で、日本博物館協会および全国科学博物館協議会の会員となっている。入口の橋を渡ると庭園があり、その先に展示館と、塩原湖成層の露頭が広がる[1]。展示館では、塩原の地で採掘された化石約220種のほか、日本国内・国外の化石や鉱物約400点を展示しているが[4]、これらのいくつかは木の葉石と交換で取得したものである。良好な状態で採集された木の葉石は、こうして日本国外にも知られるようになった[2]。園内の化石層は下部更新世の塩原層群[7][注釈 1]と呼ばれる地層で、高さ約20m、厚さ3~5cmの層理が重なる。昭和時代の写真では、地層の頂部に「コノハ石」の大きな文字が設置されていたことが見て取れる[4]ミュージアムショップでは化石の販売のほか、原石を割って化石を探す体験もできる[8]

化石の採掘は開園時からおこなわれているが、標本はそれぞれの研究者の所属する大学に分散保存され、必ずしも常に閲覧できる状態にはなっていなかった。地質標本館に所属する尾上亨は1989年に、木の葉化石園に収蔵されている標本、および地質標本館に寄贈された標本を整理し、系統的な収蔵・展示を行えるようにした[6]。栃木県内の小学生の多くが校外学習などで訪れるほか[1]地学教育の実習支援を目的として、木の葉石の原石の試料を各地の教育機関に販売する取り組みも行っている[9]

周辺

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塩原温泉郷古町温泉門前温泉地区から箒川に沿ったやや上流の中塩原地区、左岸に支流のシラン沢とツル沢が合流する地点の北側に位置する[4]。箒川の右岸には、源氏の落人の伝説で知られる鍾乳洞源三窟」がある。

交通アクセス

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塩原街道から県道266号に入り八幡橋で箒川を渡った先にあり、公共交通機関では野岩鉄道上三依塩原温泉口駅から那須塩原市営バス(ゆ~バス)で木の葉化石園入口停留所下車。JR宇都宮線西那須野駅東北新幹線那須塩原駅からは塩原温泉バスターミナルまでJRバス関東に乗車し、バスターミナルでゆ~バスに乗り換え、または箒川沿いの散策路を歩いて1.7Kmほど。冬季を除いて、観光トテ馬車で訪れることもできる[10]

脚注

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注釈

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  1. ^ 阿久津 純は1964年の論文で、下部から古町礫岩、須巻層、中塩原火山角礫岩、宮島層、赤川層・塩原溶岩の5層に区分したが、河川水の流入などの堆積環境の変化によるところが大きいとして、これを採用しなかった。

出典

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  1. ^ a b c d 30万年前の塩原温泉に会いに行こう! ”木の葉化石園””. これトチ!(栃木県経済同友会) (2014年1月9日). 2022年4月23日閲覧。
  2. ^ a b c (尾上 1977, pp. 12–18)
  3. ^ a b c d (角川 1984, pp. 410–411)
  4. ^ a b c d e (大滝 1987, pp. 19–23)
  5. ^ a b (随想舎 2003, pp. 102–104)
  6. ^ a b (尾上 1989, pp. 9–19)
  7. ^ (地質調査所 1989, p. 9)
  8. ^ Infomation(木の葉化石園)
  9. ^ (相場 2016, pp. 185–195)
  10. ^ 塩原温泉観光トテ馬車じゃらん

参考文献

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  • 尾上享、加藤信吉「塩原温泉の木の葉化石園」(PDF)『地質ニュース』第269巻、地質調査所、1977年1月、12-18頁、2022年4月23日閲覧 
  • 角川書店編 編『角川日本地名大辞典 9 栃木県』角川書店、1984年、410-411頁。 
  • 大滝末男「塩原化石湖における水草の化石について」(PDF)『水草研究会誌』第29巻、水草研究会、1987年9月、19-23頁、2022年4月23日閲覧 
  • 尾上享「栃木県塩原産更新世植物群による古環境解析」(PDF)『地質調査所報告』第269巻、地質調査所、1989年3月、doi:10.11501/116055922022年4月24日閲覧 
  • 尾上享、加藤信夫「栃木県塩原産植物化石(木の葉石)の収蔵・展示方法」(PDF)『博物館学雑誌』第14巻1・2合併号、全日本博物館学会、1989年3月25日、9-19頁、2022年4月23日閲覧 
  • 随想舎編 編『絵葉書が映す下野温泉場紀行』随想舎、2003年、102-104頁。ISBN 978-4-88748-083-4 
  • 相場博明「塩原産「木の葉石」の教材化と新たな工夫」『地学教育』第68巻第4号、日本地学教育協会、2016年、185-195頁、doi:10.18904/chigakukyoiku.68.4_1852022年4月23日閲覧 

関連項目

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外部リンク

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