春日城 (信濃国伊那郡)
春日城 (長野県) | |
---|---|
桜の時期の城址公園 | |
城郭構造 | 平山城 |
築城主 | 春日氏 |
築城年 | 不明 |
主な城主 | 春日昌吉、伊那部重慶 |
廃城年 | 1582年(天正10年) |
遺構 | 曲輪、土塁 |
指定文化財 | 未指定 |
位置 | 北緯35度50分15秒 東経137度56分52.6秒 / 北緯35.83750度 東経137.947944度座標: 北緯35度50分15秒 東経137度56分52.6秒 / 北緯35.83750度 東経137.947944度 |
地図 |
概要
編集信濃国の滋野氏三家のうち根津氏の支族である春日氏が築城したといわれ、戦国時代には伊那の豪族伊那部大和守重慶の居城だった。
重慶の子重親・重国兄弟は、武田信玄の信濃侵攻に背き、代わって春日昌吉が城主になった。天正10年(1582年)、織田信忠軍の甲州征伐に伴い本城の高遠城ともわずかな守備兵で徹底抗戦を貫く。しかし高遠城落城後に春日城は火を放たれ落城、そのまま再建されることなく廃城となった。
平山式の城館で天竜川右岸の河岸段丘突端部に位置し、本郭、中郭、外郭の3つの郭から構成されている。現在は春日城址公園(春日公園)として整備され、桜の名所となっている[1]。
脚注
編集参考文献
編集- 信濃史学会編 『信州の山城 信濃史学会研究叢書3』 1993年