岡谷市役所
岡谷市役所(おかやしやくしょ、英語: Okaya City Office)は、地方公共団体である長野県岡谷市の執行機関としての事務を行う施設(役所)である。
概要
編集普通地方公共団体である岡谷市は、長野県の中央に位置しており[1]、諏訪湖の西岸に面している[1]。執行機関としての事務を行う役所として岡谷市役所が設置されており、市内に複数の庁舎が置かれている[2][3]。
庁舎
編集岡谷市役所庁舎 | |
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情報 | |
用途 | 岡谷市の行政の中枢施設 |
建築主 | 岡谷市 |
事業主体 | 岡谷市 |
管理運営 | 岡谷市 |
階数 | 地上9階 |
竣工 | 1987年 |
所在地 |
〒394-8510 長野県岡谷市幸町8番1号 |
位置 | 北緯36度4分1.33932秒 東経138度2分57.57187秒 / 北緯36.0670387000度 東経138.0493255194度 |
岡谷市役所庁舎(おかやしやくしょちょうしゃ、英語: Okaya City Hall)は、1987年(昭和62年)に竣工した。以前の岡谷市役所庁舎が老朽化したことから新たに建設された。
諸元
編集岡谷市役所庁舎は長野県岡谷市幸町に立地している[4]。岡谷市役所庁舎は地上9階で構成されている[5]。
特徴
編集岡谷市役所庁舎には岡谷市の首長部局だけでなく、監査委員や選挙管理委員会の事務局や[6]、議会の事務局なども入居している[7][8]。また、岡谷市観光協会も入居している[9][10]。さらに諏訪広域連合や長野県などにより設立された第三セクターである諏訪広域総合情報センタも入居している[8][11][12]。
岡谷市役所庁舎の内部には『歴史』と題するステンドグラスが設置されている[13]。その大きさは縦2.0メートル、横0.6メートルに及ぶ[14]。日本交通文化協会が企画し[14]、クレアーレ熱海ゆがわら工房が原画を手掛けた作品である[14]。1987年(昭和62年)1月に設置された[14]。
岡谷市役所庁舎の前には服部セイコーが手掛けた絡繰時計塔が設置されている[† 1]。
年表
編集- 1987年 - 竣工。
- 1987年 - 岡谷市役所が入居。
フロア構成
編集岡谷市役所庁舎のフロア構成は時代とともに変動しているが、ここでは一例として2023年(令和5年)4月1日時点の構成を記載した[5]。
フロア | 庁舎 |
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9 | 議場傍聴席 |
8 | 議場 |
7 | 議会事務局 |
6 | 諏訪広域総合情報センタ |
5 | 秘書広報課 総務課 危機管理室 財政課 企画課 |
4 | 水道課 環境課 新型コロナウイルス感染症対策室 農林水産課 農業委員会事務局 商業観光課 観光協会 |
3 | 都市計画課 住宅供給公社 土木課 地域創生推進課 秘書広報課 |
2 | 選管・監査・公平 社会福祉課 介護福祉課 子ども課 教育総務課 子ども総合相談センター 学びの創生・連携支援室 川岸学園設立準備室 |
1 | 健康推進課 市民生活課 医療保険課 税務課 会計課 |
旧庁舎
編集岡谷市役所旧庁舎 | |
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情報 | |
旧名称 |
平野村役場庁舎 岡谷市役所庁舎 |
用途 | 岡谷市の行政の枢要施設 |
旧用途 |
平野村の行政の中枢施設→ 岡谷市の行政の中枢施設→ 諏訪広域連合の消防の枢要施設 |
設計者 | 長野県庁営繕課 |
施工 | 岡谷組 |
建築主 | 尾澤福太郞 |
事業主体 | 尾澤福太郞 |
管理運営 |
平野村→ 岡谷市 |
構造形式 | 鉄筋コンクリート造 |
建築面積 | 792.15 m² |
延床面積 | 1,545.85 m² |
階数 | 地上2階 |
着工 | 1935年6月 |
竣工 | 1936年3月 |
改築 |
1957年庁舎増築 1967年庁舎増築 |
所在地 |
〒394-8510 長野県岡谷市幸町8番1号 |
位置 | 北緯36度4分0.18325秒 東経138度3分2.67397秒 / 北緯36.0667175694度 東経138.0507427694度 |
岡谷市役所旧庁舎(おかやしやくしょきゅうちょうしゃ、英語: Former Okaya City Hall)は、1936年(昭和11年)3月に竣工した[15]。平野村の市制施行を機に新たに建設された[16][17][† 2]。旧岡谷市役所庁舎(きゅうおかやしやくしょちょうしゃ)とも表記される[17]。かつては平野村役場庁舎(ひらのむらやくばちょうしゃ、英語: Hirano Village Hall)、岡谷市役所庁舎(おかやしやくしょちょうしゃ、英語: Okaya City Hall)と呼称された。
諸元
編集岡谷市役所旧庁舎は長野県岡谷市幸町に立地している[17]。庁舎は地上2階で構成されており[15][17]、構造形式には鉄筋コンクリート造を採用している[15][17]。屋根は洋風の素焼平瓦葺であり[17]、外壁はスクラッチタイルで仕上げられている[17][18]。このタイルは丸千製作所で焼かれたものである[18]。延床面積は1545.85平方メートルであり[15][17]、建築面積は792.15平方メートルとなる[15][17]。
特徴
編集永年に亘って岡谷市役所が入居しており[17]、岡谷市における市制施行の象徴的な存在として親しまれてきた[19][20]。
丸窓やスクラッチタイルを用いた外壁など、洗練されたモダンな外観が特徴である[20][21]。昭和初期の庁舎建築としては貴重であることから、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」[19]として2005年(平成17年)2月9日に文化庁により登録有形文化財とされた[19]。さらには「《上州から信州そして全国へ》近代製糸業発展の歩みを物語る富岡製糸場などの近代化産業遺産群」[22]を構成する近代化産業遺産として、2007年(平成19年)に経済産業省により認定された[22]。
この岡谷市役所旧庁舎は、個人が私財を投じて建設し[17][18]、それを市に寄附するという異例の経緯を辿っている[17][18]。建設にかかった費用は約12万円と当時報じられているが[17]、その全てを実業家の尾澤福太郞が個人で賄っている[18]。
岡谷市役所旧庁舎の横には『尾澤福太郎翁壽像』が建立されている[16]。尾澤の功績を称えるために岡谷市の前身である平野村が1936年(昭和11年)に建立したものであり[17]、彫刻家の武井直也によって制作された[17]。のちに太平洋戦争の戦局の悪化を受け、1943年(昭和18年)に『尾澤福太郎翁壽像』は金属供出されることになった[17]。ただし、同年にはセメントにより像が再建された[17]。太平洋戦争終結後の1951年(昭和26年)には以前と同様に青銅を用いて像が再建された[17]。
沿革
編集岡谷市の前身の平野村は明治年間から製糸業で大きく繁栄していたものの[17]、昭和に入ると昭和恐慌により一転して苦境に喘いでいた[17]。この状況を打開し多角的工業都市として再起を図るため[17]、村政を転換し人心を一新するべく[17]、平野村は町制を経ずに一気に市制を施行することを目指していた[17]。
しかし、当時の市制施行には市役所庁舎の整備が要件となっており[17]、その巨額の費用は村の財政上重大な問題となっていた[17]。当時の平野村役場の庁舎は1901年(明治34年)に建てられたものだったが[17]、村勢の急速な発展により庁舎は手狭となっており[17]、既に時代の要請に応えられるものではなかった。何度も改築計画が持ち上がるがその度に頓挫しており[17]、特に建設費の確保が大きな課題となっていた[17]。この問題を打開すべく、村長の今井梧楼は実業家の尾澤福太郞に寄附を依頼した[17]。この依頼を快諾した尾澤は私財を投じて庁舎を建設し[17][18]、それを丸ごと平野村に寄贈することになった[17][18]。
1935年(昭和10年)3月、尾澤は庁舎の設計を平野村役場に委託し[17]、平野村役場は長野県庁の営繕課に設計を依頼した[17][18]。これを受け、営繕課の技手であった三苫繁實らが中心となって設計された[18]。1935年(昭和10年)6月15日に地鎮祭が執り行われ[17]、そのあと同年6月に着工し[15]、1936年(昭和11年)3月に竣工した[15][17]。施工は岡谷組が請け負っているが[18]、当時の工事はほとんどが手作業であった[23]。一例として、基礎の割栗石については、石を一つずつ並べて砂利を入れて人力で突き固めていた[23]。また、コンクリートを手作業で少しずつ練り[23]、それをロープで壁の型枠の上まで持ち上げて流し込んでいた[23]。これらの技術は高く評価されており、のちに岡谷市の助役を務めた小口文人は[† 3]、壁に亀裂がない点や冬でも縦樋が凍らない点などを高く評価している[23]。
平野村役場は1936年(昭和11年)3月30日にこの庁舎への移転を完了させた[24]。同年3月31日には平野村会としての最後の審議がこの庁舎にて開催された[16][24][† 4]。平野村は同年4月1日に岡谷市に移行していることから[17]、極めて僅かな間のみ平野村役場庁舎として活用されたことになる。
1936年(昭和11年)4月1日の市制施行により岡谷市が設置され[17]、神職を招聘して庁舎にて市制施行奉告祭が挙行された[24]。同年4月26日には初めての岡谷市会議員選挙が行われ[24][† 5]、この庁舎が投票所となった[24]。同年5月23日に市制施行祝賀式や庁舎落成式が屋外で挙行された[24]。なお、同年5月23日には『尾澤福太郎翁壽像』の除幕式も挙行されている[17][24]。以来、この庁舎は1987年(昭和62年)まで岡谷市役所として利用された[15][17]。その間、1957年(昭和32年)には庁舎が増築されて新館が設けられ[17]、1967年(昭和42年)にも庁舎が増築されている[17]。また、この庁舎とは別に、1965年(昭和40年)には消防庁舎・議事堂が建設された[17]。その結果、岡谷市議会の本会議などは消防庁舎・議事堂にて開催されることになった。
1987年(昭和62年)に新しい岡谷市役所庁舎が竣工すると、同年に岡谷市役所はそちらに移転した。その後は特別地方公共団体である諏訪広域連合が運営する諏訪広域消防本部が使用することになり[15][17]、同年に岡谷消防署が入居することになった[17]。その後、新しい岡谷消防署庁舎が竣工したことから、2015年(平成27年)に岡谷消防署はそちらに移転した[15][17]。
その後は公益財団法人である「おかや文化振興事業団」が入居している[25]。また、旧庁舎の保全や維持のため「旧岡谷市役所庁舎保全基金」が発足している[26]。そのほか、映画『ゴジラ-1.0』の撮影が行われるなど[17][27][28][29][30][31]、さまざまな活用方法が模索されている。
年表
編集- 1935年6月 - 地鎮祭[17]。
- 1935年6月 - 着工[15]。
- 1936年3月 - 竣工[15][17]。
- 1936年3月 - 平野村役場が入居[24]。
- 1936年4月 - 平野村役場が岡谷市役所に移行[24]。
- 1936年4月 - 市制施行奉告祭[24]。
- 1936年5月 - 市制施行祝賀式[24]。
- 1936年5月 - 庁舎落成式[24]。
- 1936年5月 - 『尾澤福太郎翁壽像』除幕式[17][24]。
- 1943年 - 供出に伴う『尾澤福太郎翁壽像』献納式[17]。
- 1943年 - セメントで『尾澤福太郎翁壽像』再建[17]。
- 1951年 - 青銅で『尾澤福太郎翁壽像』再建[17]。
- 1957年 - 庁舎増築により新館建設[17]。
- 1967年 - 庁舎増築[17]。
- 1987年 - 岡谷市役所が移転[15][17]。
- 1987年 - 岡谷消防署が入居[17]。
- 2005年2月 - 登録有形文化財登録[19]。
- 2007年 - 近代化産業遺産認定[15][17][22]。
- 2015年 - 岡谷消防署が移転[15][17]。
- 2022年 - 『ゴジラ-1.0』撮影[17]。
組織
編集岡谷市役所の組織構成は時代とともに変動しているが、ここでは一例として2024年(令和6年)4月1日時点の組織図を記載した[32]。執行機関のうち市長部局のみを記載し、教育委員会、選挙管理委員会、監査委員などについては割愛した。また、地方公共団体である市の機関としては執行機関のほかに議決機関も存在するが[32]、そちらについては割愛した。
市長 | 副市長 | 企画政策部 | 企画課 | ||||||||||||||||||||||||||||
秘書広報課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
地域創生推進課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
総務部 | 総務課 | ||||||||||||||||||||||||||||||
財政課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
税務課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
消防課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
危機管理室 | |||||||||||||||||||||||||||||||
市民環境部 | 市民生活課 | ||||||||||||||||||||||||||||||
医療保険課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
環境課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
健康福祉部 | 社会福祉課 | ||||||||||||||||||||||||||||||
介護福祉課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
子ども課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
健康推進課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
産業振興部 | 工業振興課 | ||||||||||||||||||||||||||||||
商業観光課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
ブランド推進室 | |||||||||||||||||||||||||||||||
農林水産課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
建設水道部 | 都市計画課 | ||||||||||||||||||||||||||||||
土木課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
水道課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
会計管理者 会計課 | |||||||||||||||||||||||||||||||
脚注
編集註釈
編集出典
編集- ^ a b 「岡谷市の紹介」『岡谷市の紹介/岡谷市』岡谷市、2020年3月27日。
- ^ 岡谷市役所支所設置条例(昭和30年1月1日条例第1号)第2条。
- ^ 岡谷市役所出張所設置条例(平成14年3月27日条例第4号)第2条。
- ^ 「岡谷市役所へのアクセス方法」『岡谷市役所へのアクセス方法/岡谷市』岡谷市、2020年3月27日。
- ^ a b 「庁内案内図(1階から9階)」『庁内案内図(1階から9階)/岡谷市』岡谷市、2023年4月1日。
- ^ 『2F』。
- ^ 「市議会とは」『市議会とは/岡谷市』岡谷市議会、2023年5月1日。
- ^ a b 『6F~9F』。
- ^ 「INFORMATION」『岡谷市観光協会 | 諏訪観光連盟』諏訪観光連盟。
- ^ 『4F』。
- ^ 「株主の状況」『役員・株主』諏訪広域総合情報センタ。
- ^ 「当社のご案内」『会社概要』諏訪広域総合情報センタ。
- ^ 「岡谷市庁舎『歴史』」『パブリックアート|岡谷市庁舎 「歴史」(クレアーレ熱海ゆがわら工房)|日本交通文化協会』日本交通文化協会。
- ^ a b c d 「作品データ」『パブリックアート|岡谷市庁舎 「歴史」(クレアーレ熱海ゆがわら工房)|日本交通文化協会』日本交通文化協会。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 「DATA of 旧岡谷市役所庁舎」『広報おかや』1464号、岡谷市、2021年7月26日、7頁。
- ^ a b c 「シルク岡谷の記憶」『広報おかや』1464号、岡谷市、2021年7月26日、5頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh 「旧岡谷市役所庁舎」『旧岡谷市役所庁舎/岡谷市』岡谷市、2023年8月21日。
- ^ a b c d e f g h i j 宮坂正博稿「歴史をつむぐ」『広報おかや』1464号、岡谷市、2021年7月26日、6頁。
- ^ a b c d 「主情報」『国指定文化財等データベース』文化庁。
- ^ a b 「今月の表紙」『広報おかや』1464号、岡谷市、2021年7月26日、1頁。
- ^ 「シルク岡谷の記憶」『広報おかや』1464号、岡谷市、2021年7月26日、4頁。
- ^ a b c 『近代化産業遺産群33――近代化産業遺産が紡ぎ出す先人達の物語』経済産業省、50頁。
- ^ a b c d e 宮坂正博稿「歴史をつむぐ」『広報おかや』1464号、岡谷市、2021年7月26日、7頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 岡谷市公式チャンネル投稿『旧庁舎落成記録映像 - YouTube』YouTube、2023年9月14日。
- ^ 「組織概要」『組織概要 | 公益財団法人おかや文化振興事業団』おかや文化振興事業団。
- ^ 今井竜五稿「市民、岡谷市、国が誇れる貴重な建物の姿を後世に残していくために」『広報おかや』1464号、岡谷市、2021年7月26日、6頁。
- ^ 佐藤仁彦稿「新作『ゴジラ-1.0』、岡谷でロケ――レトロな旧市庁舎舞台に」『新作「ゴジラ-1.0」、岡谷でロケ レトロな旧市庁舎舞台に [長野県]:朝日新聞デジタル』朝日新聞社、2023年11月3日。
- ^ 「《ゴジラ-1.0》11月3日公開記念――岡谷市特別企画紹介」『『ゴジラ-1.0』11月3日公開記念 岡谷市特別企画紹介 - 信州岡谷観光サイト 旅たびおかや』岡谷市観光協会、2024年3月11日。
- ^ 「“ゴジラ”――ロケ地の映画館で美術セットの特別展示――岡谷」『“ゴジラ” ロケ地の映画館で美術セットの特別展示 岡谷|NHK 長野県のニュース』日本放送協会、2024年3月22日。
- ^ 「ゴジラで注目“生き証人”――旧岡谷市役所庁舎」『ゴジラで注目”生き証人” 旧岡谷市役所庁舎 - 長野日報社 - Nagano Nippo Web』長野日報社、2024年4月8日。
- ^ 信越放送稿「ゴジラ撃退の作戦会議室を見学――アカデミー賞受賞『ゴジラ-1.0』撮影の旧岡谷市役所庁舎でロケ地巡るツアー――撮影の裏話に興味津々」『ゴジラ撃退の作戦会議室を見学 アカデミー賞受賞「ゴジラ-1.0」撮影の旧岡谷市役所庁舎でロケ地巡るツアー 撮影の裏話に興味津々 | TBS NEWS DIG』TBS・JNN NEWS DIG、2024年4月29日。
- ^ a b 『令和6年度岡谷市組織図』2024年4月1日。
関連人物
編集関連項目
編集外部リンク
編集- ホーム/岡谷市 - 岡谷市役所の公式ウェブサイト
- 岡谷市公式チャンネル - YouTubeチャンネル
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