日霑
日蓮正宗総本山大石寺第52世法主
日霑(にちでん、文化14年8月25日(1817年10月5日) - 明治23年(1890年)6月24日)は、日蓮正宗総本山大石寺第52世法主。鈴木姓。常陸阿闍梨。妙道院。道号は慈成。当職中は幕末から明治維新にかけての時期だった。
略歴
編集- 文化14年8月25日(1817年10月5日)、江戸に生まれる。
- 天保3年(1832年)12月、15歳で発心登山し、翌年2月、50世日誠を師範として得度した。
- 天保7年(1836年)5月、50世日誠の死去に伴い、51世日英に師僧変更。
- 嘉永元年(1848年)4月、細草檀林89代化主となるも同年11月に退檀し浄圓寺(栃木県)の住職となる。
- 嘉永3年(1850年)、常泉寺の住職となる。
- 嘉永6年(1853年)2月、35代学頭に任ぜられ、同年6月20日(1853年7月25日)に51世日英より法を受け52世法主として登座。
- 文久元年(1861年)2月、江戸小石川の寺社奉行・青山幸哉に国家諌暁の申し状を提出し、9世日有以来途絶えていた国家諌暁を果たした。
- 文久2年(1862年)12月、53世日盛に法を付した。
- 慶応元年(1865年)5月、53世日盛が退座し51世日英が再登座、閏5月に日英が退座したため再登座している。
- 明治2年(1869年)11月、54世日胤に法を付した。
著書
編集『大石精舎正統録』、『家中和談抄』、『笑語蓬蟇抄』、『倭漢法厄報応談』などがある。
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