扶桑町立高雄小学校

愛知県扶桑町にある小学校

扶桑町立高雄小学校(ふそうちょうりつ たかおしょうがっこう)は、愛知県丹羽郡扶桑町にある小学校

扶桑町立高雄小学校
扶桑町立高雄小学校
扶桑町立高雄小学校
地図北緯35度21分50.31秒 東経136度55分27.23秒 / 北緯35.3639750度 東経136.9242306度 / 35.3639750; 136.9242306座標: 北緯35度21分50.31秒 東経136度55分27.23秒 / 北緯35.3639750度 東経136.9242306度 / 35.3639750; 136.9242306
過去の名称 仮義校
顕誠学校
高雄学校
尋常小学高雄学校
高雄尋常小学校
扶桑第二尋常小学校
高雄尋常小学校
高雄国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 扶桑町
校訓 強く 明るく 正しく 
設立年月日 1872年明治5年)
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
学校コード B123210009139 ウィキデータを編集
所在地 480-0102
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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校訓の「強く 明るく 正しく」が刻まれた石碑

歴史

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  • 1872年明治5年)- 仮義校が覚王寺に創設される[1][2]。通学区域は犬山羽根村、下野村、下野原新田(いずれも現在の扶桑町高雄)、河北村(現在の犬山市羽黒)。
  • 1873年(明治6年)- 同位置に顕誠学校が創立する[1][3]
  • 1876年(明治9年)6月 - 下野村中海道(堀之内)に移転し、通学区域から河北村を分離[2]
  • 1877年(明治10年)- 高雄学校に校名を変更[1]
  • 1887年(明治20年)- 尋常小学高雄学校に校名を変更[1]
  • 1892年(明治25年)- 高雄尋常小学校に校名を変更[1]
  • 1907年(明治40年)10月 - 扶桑第二尋常小学校に校名を変更[1]
  • 1911年(明治44年)- 高雄尋常小学校に校名を変更[1]
  • 1941年昭和16年)- 扶桑村立高雄国民学校に校名を変更[1]
  • 1947年(昭和22年)- 扶桑村立高雄小学校に校名を変更[1]
  • 1952年(昭和27年)8月1日 - 扶桑町立高雄小学校に校名を変更。
  • 1979年(昭和54年)- 扶桑町立扶桑東小学校開校に伴い、学区から南北定松、南新田、南新田住宅、福塚を分離[2]

児童数の変遷

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『愛知県小中学校誌』(2018年)によると、児童数の変遷は以下の通りである[4]

1947年(昭和22年) 508人
1957年(昭和32年) 480人
1967年(昭和42年) 不明
1977年(昭和52年) 1368人
1987年(昭和62年) 不明
1997年(平成9年) 446人
2007年(平成19年) 508人
2017年(平成29年) 552人

通学区域

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  • 北新田、羽根、羽根西、東川西、東川南、東川北、東川住宅、高雄団地、宮島、伊勢帰、扶桑台[5]

設備

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仲よし号

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1957年(昭和32年)1月14日から1965年(昭和40年)2月8日までグランド西隅に置かれていた、電車廃車体を再利用した低学年用施設兼図書室。昭和30年代当時のPTA会長が名鉄社長と親類の間柄だったこともあり、豊川市内線で無用となっていたモ100形電車(2代)の寄贈(車体のみ)が決まったという[6]

小学校到着後、廃車体は再塗装され、側面に「仲よし号」と記された。ロングシートの座席は読書椅子に向いていたが、施錠ができなかったため車内に置かれた蔵書数は少なかった。窓越しにグランドを望むことができ、野球試合の観戦席にもなった[6]

木造車体ゆえの劣化の早さから修繕費がかさむようになり、設置から約8年で役目を終え、解体された[6]

あすなろ山

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かつて校庭の一角にあった山を模した遊具。1971年(昭和46年)に学校創立100周年を記念して造られたもので[7]、山の正面は滑り台になっているほか、吊るされたチェーンに掴まったり、出っ張った石に足をかけ、ボルダリングのように登って遊ぶことができた。内部には土管が埋め込まれていて、トンネルをくぐったり、上からはしごや棒で下りることもできた。

建設から約50年後となる2018年(平成30年)、高雄放課後児童クラブ館建設のため撤去され、敷地内の別の場所に同じく山を模した鉄筋コンクリート造りの遊具が新設された。

出身者

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周辺

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脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i 沿革”. 扶桑町立高雄小学校. 2015年6月27日閲覧。
  2. ^ a b c 『扶桑町史』、扶桑町、1998年、第三節 小・中学校の沿革、387頁
  3. ^ 尾張北部の旧丹羽郡の学校史 ⑵ (PDF)
  4. ^ 『六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌』p.473
  5. ^ 扶桑町立高雄小学校の通学区域”. Gaccom[ガッコム]. 2015年6月27日閲覧。
  6. ^ a b c 丸山和成(監)『犬山・江南・大口・扶桑の今昔』樹林舎、2020年、152頁。ISBN 978-4-908436-47-5 
  7. ^ 『中日新聞』2006年11月18日付朝刊近郊版18頁、「わが校なんでもベスト5 扶桑町 高雄小 親も眺めた並木道」

参考文献

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  • 『六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌』愛知県小中学校校長会、2018年

関連項目

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外部リンク

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