情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律
この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。 |
情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律(じょうほうしょりのこうどかとうにたいしょするためのけいほうとうのいちぶをかいせいするほうりつ、平成23年6月24日法律第74号)は、いわゆるサイバー犯罪に対応するため、刑法ならびに関連法の改正を行う法律である。
情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律 | |
---|---|
日本の法令 | |
法令番号 | 平成23年法律第74号 |
成立 | 2011年6月17日 |
公布 | 2011年6月24日 |
施行 | 2011年7月14日 |
主な内容 | 刑法等の改正 |
関連法令 | 刑法、刑事訴訟法 |
条文リンク | 衆議院HP 制定法律 |
2011年3月11日に閣議決定[1]、同年4月1日に国会に上程[1]、5月31日衆議院本会議にて可決[2]、6月17日に参議院本会議にて可決、成立した[3][4][5]。同年6月24日に公布され[3][4][5]、同年7月14日(手続法整備に係る部分については2012年6月22日[6])に施行された[7]。通称は「サイバー刑法」[8]だが、法案制定に際し反対者が「コンピュータ監視法」という通称を用いていた例[9]もある。
概要
編集本則6条、附則63条により構成される[10]。増加を続けるサイバー犯罪などに適切に対処することを主目的とする[注釈 1]。もともとは小泉政権時代から共謀罪(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の改正)と共に「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」として法制化が検討され、国会に3度法案が提出されたもののいずれも廃案になっている[11]。また当時野党だった民主党や日弁連が「令状なし捜査」は問題であると指摘し条文改正が協議されてきた[12]。
特筆すべき点は、本法においてコンピュータウイルス(マルウェア)を「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」とし、正当な理由がないのに、無断で他人のコンピュータにおいて実行させる目的で、コンピュータウイルスの作成や提供をした場合を不正指令電磁的記録に関する罪として犯罪化する旨を規定している[13][3][4][注釈 2]。
また刑事訴訟法第99条に「コンピュータネットワーク等の電気通信回線に接続する電子計算機の自己作成データ等の差押え」を新設することが定められている。従来の捜査ではサーバ機器全体を差し押さえるしかなかったが、これにより例えばメールサーバやリモートストレージサービスのサーバから捜査に関連するデータ(電子メールなど)のみを捜査機関が差押、押収することが可能となる[8][13]。
その他、刑法175条にて「電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録の頒布」、またその2項にて「有償頒布目的で前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録の保管」を罰する規定が新設された[13]。これによりわいせつ画像等を電子メールなどで送信することは処罰対象となる[11]。
法律成立まで
編集本法の国会上程後から成立前後にかけて、いくつかの個人、団体が本法に対する疑問点を述べている。
日弁連は日弁連会長名にて、本法案の「不正指令電磁的記録作成等の罪」については、条文の曖昧さに係り捜査機関による恣意的な検挙が行われる可能性がある点、「記録命令付差押えや電磁的記録に係る記録媒体の差押えの執行方法」については、通常電子計算機は差押に関連しない電磁的記録も大量に含まれている故日本国憲法第35条や刑事訴訟法第219条による「一般令状の禁止」[注釈 3]の観点から「他の記録媒体等に複写可能な場合における電磁的記録に係る記録媒体の差押」禁止(補充性による)や複写元と複写先の電磁的記録の同一性確保が守られるかどうか疑念がある点、「接続サーバ保管の自己作成データ等の差押え(リモート・アクセス)」については、LAN・WAN接続下にある場合極めて多くの電子計算機が電気通信回線に接続しているため、差押対象となる電子計算機の特定性確保が困難である点、「通信履歴の保全要請」が任意捜査であり[注釈 4]、日本国憲法第21条2項2文の通信の秘密に反する点、以上4点の問題点と、本法案成立後に予測されるサイバー犯罪条約批准に伴う通信傍受法改正に対する危惧を述べている[14]。
2011年5月27日、衆議院法務委員会で法務大臣江田五月は、野党議員からの質問を受けていわゆる未必の故意によるソフトウェアのバグを放置し続けた場合、不正指令電磁的記録提供の罪に問われるとの答弁を述べた[15][16]。これに対し情報処理学会は、使用、提供、供用開始後に発覚し不正を意図していないバグやセキュリティホールは対象とするべきではなく、平成16年経済産業省告示第235号「ソフトウェア等脆弱性関連情報取扱基準」により既にセキュリティホールへの対処等がなされている点を認識すべきとの要望を述べた[17]。加えて同団体やインターネットユーザー協会(MIAU)などはとりわけ自動公衆送信等により提供されるフリーソフトウェア[注釈 5]等の頒布活動がこの法案の影響により萎縮してしまうとの声明を発表している[17][18][注釈 6]。
同年6月14日、高木浩光は参議院法務委員会にて「不正指令電磁的記録に関する罪」について意見陳述を行い[19]、法案解釈、立法趣旨に齟齬がある点、先日の江田の答弁が法案解釈に問題を与える点、正当な目的を持ってして作成されたプログラムが「プログラム使用者の意図に反する」ということだけで本法案の対象になる[注釈 7]点、以上の3点について重大な問題があるとの意見を述べた[20]。その二日後、6月16日に参議院法務委員会にて本法案の適切な運用を求める附帯決議[21]がなされ委員会を通過、翌6月17日、参議院本会議で可決された[22]。法務省は法案に関するQ&A[8]で不正指令電磁的記録作成ならびに提供の罪は故意犯であり、プログラミングの過程で誤ってバグを発生させても犯罪の構成要件に該当しないとの見解を述べている。
本法の成立をもって以前から準備が進められていたサイバー犯罪条約批准の見通しが立ったとされる[3]。
施行日は2011年7月14日[7]。ただし、手続法整備に係る部分については、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日(2012年6月22日)[6])であった。
脚注
編集注釈
編集- ^ ただしサイバー犯罪対応だけではなく、「強制執行妨害関係の罰則整備」など細かな法改正も含まれている。 “強制執行妨害関係の罰則整備の概要”. 法務省. www.moj.go.jp. 2011年6月21日閲覧。
- ^ 一部のマスメディアではこの罪をコンピュータウイルス作成(提供)罪と呼称している。
- ^ 両法により差押令状は対象物の特定性が必要であるとされている。
- ^ 強制捜査では令状が必要であるため、司法権からのチェックを受ける。
- ^ 法案の趣旨から判断すれば、対象となる電磁的記録は提供の形態に拠らないので、オープンソースソフトウェア、フリーウェア、シェアウェア、商用ソフトウェアのいずれも対象であることが分かる。またフリーソフトウェア・オープンソースソフトウェアの採用するソフトウェアライセンスはその条項内で「無保証性」を規定しているものが多いが、同時にソフトウェア受領者の準拠法国の強行法規に関しその例外が定められているものも多いため、この点を持ってして本法を逃れることはできない(代表的なフリーソフトウェアライセンスGPLについては記事"GNU General Public License#無保証性"を参照)。
- ^ この法案成立前後にかけて実際に頒布停止を予告したものもいる。 “フリーソフトウェアの一部について、近々配布を終了します”. kandk.cafe.coocan.jp (2011年6月11日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ 例えばソフトウェア開発者がデータ削除を行うソフトウェアを作成し、(第三者が悪意を持って)そのソフトウェアを例えば「気象速報を随時受信するプログラム」であると偽り頒布した場合、審議過程の法案ではソフトウェア開発者も不正指令電磁的記録の作成者となるのか否かがはっきりしない。
出典
編集- ^ a b “情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案”. 内閣法制局. www.clb.go.jp. 2011年6月20日閲覧。
- ^ “第177回国会 本会議 第24号(平成23年5月31日(火曜日))”. 衆議院. www.shugiin.go.jp (2011年5月31日). 2011年6月21日閲覧。
- ^ a b c d “コンピューターウイルス作成罪新設 取得・保管にも罰則”. 朝日新聞. www.asahi.com (2011年6月17日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ a b c “「ウイルス作成罪」が成立、悪用目的の作成や所持を処罰”. pc.nikkeibp.co.jp (2011年6月20日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ a b “ウイルス作成罪を新設 改正刑法が可決・成立”. ITmedia. www.itmedia.co.jp (2011年6月17日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ a b 平成24年5月30日政令154号
- ^ a b “情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案”. 法務省. 2017年10月4日閲覧。
- ^ a b c “いわゆるサイバー刑法に関するQ&A”. 法務省. www.moj.go.jp. 2011年6月20日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “「コンピューター監視法」成立”. 人民新聞. www.jimmin.com. 2012年1月25日閲覧。
- ^ “情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律”. 法務省. www.moj.go.jp. 2011年6月21日閲覧。
- ^ a b 鮎川耕史、石川淳一. “ウイルス作成罪:刑法に新設へ…サイバー犯罪に歯止め”. 毎日新聞. mainichi.jp. 2011年6月21日閲覧。
- ^ “菅内閣が急いだコンピュータ監視法案の“本当に危険な箇所””. www.news-postseven.com (2011年4月18日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ a b c “情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案新旧対照条文”. 法務省. www.moj.go.jp. 2011年6月20日閲覧。
- ^ “「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」について慎重審議を求める会長声明”. 日弁連. www.nichibenren.or.jp (2011年5月23日). 2011年6月20日閲覧。
- ^
“第177回国会 法務委員会 第14号(平成23年5月27日(金曜日))”. 衆議院. www.shugiin.go.jp (2011年5月27日). 2011年6月20日閲覧。 “
大口委員「その説明がない場合を問題にしているわけでございますけれども、そういう事例もあると。それから、プログラム業界では、バグはつきものだ、バグのないプログラムはないと言われています。そして、例えば、無料のプログラム、フリーソフトウエアを公開したところ、重大なバグがあるとユーザーからそういう声があった、それを無視してそのプログラムを公開し続けた場合は、それを知った時点で少なくとも未必の故意があって、提供罪が成立するという可能性があるのか、お伺いしたいと思います。」
江田国務大臣「あると思います。」” - ^ 高木浩光 (2011年5月27日). “高木浩光@自宅の日記 - ウイルス罪法案、バグ放置が提供罪に該当する事態は「ある」と法務省見解”. takagi-hiromitsu.jp. 2011年6月20日閲覧。
- ^ a b “「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」に対する要望”. 情報処理学会. www.ipsj.or.jp (2011年6月17日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ “「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」について慎重審議を求める声明”. MIAU. miau.jp (2011年5月31日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ 高木浩光 (2011年6月14日). “「不正指令電磁的記録に関する罪」についての意見 - 参議院法務委員会参考人配布資料”. staff.aist.go.jp. 2011年6月20日閲覧。
- ^ 高木浩光 (2011年6月14日). “高木浩光@自宅の日記 - 参議院法務委員会で参考人意見陳述してきた”. takagi-hiromitsu.jp. 2011年6月20日閲覧。
- ^ “情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議”. 参議院. www.sangiin.go.jp (2011年6月16日). 2011年6月20日閲覧。
- ^ Impress Internet Watch (2011年6月17日). “「ウイルス作成罪」盛り込んだ刑法改正案が可決・成立”. internet.watch.impress.co.jp. 2011年6月20日閲覧。