徐哲(ソ・チョル、朝鮮語: 서철1907年 - 1992年9月30日[1])は、朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)の軍人政治家朝鮮人民軍大将。

経歴

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1907年中国東北部(旧満州)、または咸鏡北道穏城[1]生まれ。ハルビン医科大学[1]1933年金日成らの抗日運動に参加する。1940年、ソ連領に移動[1]1945年8月に日本の敗戦により朝鮮が解放され帰国する。

1946年、保安幹部訓練所第1所文化副所長[2]。後に保安幹部訓練所が歩兵師団に改編されると、第1師団文化副師団長[3]

1953年に駐中国大使1955年に駐北ベトナム大使[1]となる。1958年朝鮮人民軍総政治局長、朝鮮人民軍中将になる。1961年に祖国平和統一委員会中央委員、同年朝鮮労働党の党中央委員、党書記になる。1967年最高人民会議外交委員長[1]1969年、党政治委員[1]1970年最高人民会議常任委員会副委員長になる。1972年最高人民会議常設会議議員になる。1973年、党検閲委員会委員長[1]1977年に朝鮮人民軍総政治局長、朝鮮人民軍大将になる。1980年、党政治局員[1]

1992年、死去。葬儀は国葬とされた[1]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j 『現代韓国・朝鮮』「徐哲」(鈴木典幸)による
  2. ^ 김선호 2020, p. 177.
  3. ^ 김선호 2020, p. 330.

参考文献

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  • 和田春樹・石坂浩一 編『岩波小辞典 現代韓国・朝鮮』岩波書店、2002年。ISBN 4-00-080211-9 
  • 김선호 (2020). 조선인민군 : 북한 무력의 형성과 유일체제의 기원. 한양대학교 출판부. ISBN 9788972186809