常康親王
仁明天皇の第七皇子。無品。
常康親王(つねやすしんのう)は、仁明天皇の第七皇子。母は紀種子。品位は無品。雲林院宮と号した。
常康親王 | |
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時代 | 平安時代初期 - 前期 |
生誕 | 不詳 |
薨去 | 貞観11年5月14日(869年6月27日) |
別名 | 雲林院宮 |
官位 | 無品 |
父母 | 父:仁明天皇、母:紀種子 |
兄弟 | 文徳天皇、宗康親王、光孝天皇、人康親王、源多、本康親王、源冷、国康親王、常康親王、貞登、成康親王、源光、源覚、源効、他 |
経歴
編集承和7年(840年)には無品親王ながら、志摩国答志島を与えられた[1]。嘉祥3年(850年)に父・仁明天皇が崩御すると、翌嘉祥4年(851年)に出家し[2]雲林院に隠棲して詩作に励んだ。貞観11年(869年)2月に雲林院を遍昭に譲って天台宗の修行場とし、亡き父帝への謝恩の姿勢を示そうとした[3]。
人物
編集幼少時より奥深く静かで感覚が鋭く、よく風情を察した。仁明天皇の諸皇子の中で特に天皇から鍾愛を受けた。父・仁明天皇の崩御後、追慕して悲しみむせび続け、ついに仏教に帰依して仏の救いを求めたという[2]。