川原 英之(かわはら ひでゆき、1917年(大正6年)3月21日 - 1966年(昭和41年)2月27日)は、日本の通産官僚通商産業省大臣官房官房長佐賀県唐津市出身。

川原 英之
かわはら ひでゆき
生年月日 (1917-03-21) 1917年3月21日
出生地 日本の旗 日本 佐賀県唐津市
没年月日 (1966-02-27) 1966年2月27日(48歳没)
出身校 東京帝国大学法学部政治学科
称号 正四位勲三等瑞宝章
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来歴・人物

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城山三郎著『官僚たちの夏』の鮎川のモデル。合理的官僚像のモデルの片山(山下英明)と比較対照され、佐橋滋らの猛進型官僚のモデルの一人として描かれた。他に佐高信著『官僚たちの志と死』の「通産省の殉職者」の章にて、田辺俊彦と共に川原の死期が描かれている。

略歴

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  • 唐津中学旧制福岡高校を卒業
  • 1941年3月 東京帝国大学法学部政治学科卒業。4月 商工省入省。同期に大慈弥嘉久(事務次官)、乙竹虔三(中小企業庁長官)など。一期上に吉國一郎ら。
  • 通商産業省本省、中小企業庁等での勤務
  • 1952年8月1日 通商産業省通商局検査課長
  • 1953年5月23日 通商産業大臣秘書官事務取扱
  • 1954年1月9日 通商産業省軽工業局無機化学課長
  • 1954年6月16日 通商産業省重工業局併任
  • 1955年11月1日 通商産業省軽工業局附審議官
  • 1956年9月16日 通商産業大臣官房調査課長
  • 1957年2月16日 通商産業省企業局産業施設課長
  • 1959年4月1日 通商産業省企業局工業立地課長
  • 1959年8月31日 通商産業大臣官房審議官
  • 1960年1月26日 通商産業大臣官房物資調整課長併任
  • 1960年7月8日 通商産業大臣官房物資調整課長併任解除
  • 1961年12月1日 通商産業大臣官房秘書課長
  • 1963年7月23日 通商産業大臣官房附。ベルリン国際見本市参加及び輸出保険制度調査のため欧州出張
  • 1964年1月10日 通商産業省鉱山保安局長
  • 1965年4月30日 通商産業大臣官房附(通商産業省鉱山保安局附併任)
  • 1965年6月15日 通商産業大臣官房長
  • 1966年2月27日 逝去

追悼集

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  • 『美しい心 川原英之氏の追憶』川原英之氏追悼集刊行会、1968年2月。 

参考文献

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  • 佐高信『官僚たちの志と死』講談社文庫、1996年3月。ISBN 978-4062081078 
  • 『近代政治関係者年譜総覧』 ゆまに書房