岡部長敬
岡部 長敬(おかべ ながたか)は、江戸時代中期の大名。和泉国岸和田藩4代藩主。岸和田藩岡部家5代。
岡部長敬肖像(泉光寺所蔵) | |
時代 | 江戸時代中期 |
生誕 | 延宝8年10月3日(1680年11月23日) |
死没 | 享保9年7月25日(1724年9月12日) |
改名 | 大助、長敬 |
墓所 | 大阪府岸和田市門前町の泉光寺 |
官位 | 従五位下内膳正 |
幕府 | 江戸幕府 奏者番 |
主君 | 徳川吉宗 |
藩 | 和泉岸和田藩主 |
氏族 | 岡部氏 |
父母 | 岡部長泰、側室 |
兄弟 | 龍千代、長敬、長徳、亮賢、柳生宗盈、長紹 |
妻 | 土屋政直娘 |
子 | 長著、長皓、長邦、長矩ら |
略歴
編集3代藩主・岡部長泰の次男として岸和田城にて誕生。母は側室と言われている。幼名は大助。
長兄が早世したため世子となり、享保6年(1721年)9月22日に父の隠居により跡を継いだ。奏者番となり、藩政においては軍制改革を行なって文武を奨励したりしたが、享保9年(1724年)7月18日に父が死去した後、後を追うように7月25日に45歳で急死した。跡を長男の長著が継いだ。墓所は大阪府岸和田市の泉光寺。