山形県護国神社

山形県山形市にある神社

山形県護国神社(やまがたけんごこくじんじゃ)は、山形県山形市にある神社護国神社)である。明治維新から第二次世界大戦までの戦没者4万余柱を祀る。

山形県護国神社

拝殿
所在地 山形県山形市薬師町2-8-75
位置 北緯38度15分45.23秒 東経140度20分49.86秒 / 北緯38.2625639度 東経140.3471833度 / 38.2625639; 140.3471833 (山形県護国神社)座標: 北緯38度15分45.23秒 東経140度20分49.86秒 / 北緯38.2625639度 東経140.3471833度 / 38.2625639; 140.3471833 (山形県護国神社)
主祭神 護国の英霊 四万八百四十五柱
社格 旧内務大臣指定護国神社・別表神社
創建 明治2年(1869年
例祭 5月11日11月2日
地図
山形県護国神社の位置(山形市街内)
山形県護国神社
山形県護国神社
山形県護国神社 (山形市街)
山形県護国神社の位置(山形県内)
山形県護国神社
山形県護国神社
山形県護国神社 (山形県)
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大鳥居(奥に拝殿)

歴史

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明治2年(1869年)1月、戊辰戦争で戦死した薩摩藩士10柱を祀るために山形市八日町に社殿を造営したのに始まる。明治8年に山形招魂社となり、以降山形県関係の戦没者を合祀した。明治22年(1889年)山形市宮町に遷座し、明治44年(1911年)の山形市北大火の災厄で社殿焼失の憂き目に遭ったが、大正3年(1914年)に再建された。昭和9年(1934年)千歳公園内の現在地に遷座した。昭和14年(1939年)の制度改革により内務大臣指定護国神社となり、山形県護国神社と称した。GHQ占領下の昭和22年(1947年)から昭和27年(1952年)においては所在地の千歳公園に因んで「千歳宮」と称していた。現在の拝殿は平成6年(1994年)に改築されたものである。

初詣

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初詣の参拝客は例年山形県内で最も多く、約13万人となっている[1][2][3]。第2位は同じく山形市内の鳥海月山両所宮(約11万人)で、10万人を超えるのは県内ではこの二社のみである。

脚注

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  1. ^ 御由緒. 公式サイトより
  2. ^ 県内の初詣で91万6000人 前年比3万3000人増. 山形新聞. (2009年01月05日). 2011年9月7日閲覧。
  3. ^ 閉塞感打開へ「最後は神頼み?」 初詣に100万人超、過去10年で最多 山形新聞. (2011年1月4日). 2011年9月7日閲覧。

外部リンク

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