小島 太一(こじま たいち、1985年12月30日 - )は日本中央競馬会 (JRA) の元騎手で現在は調教助手。父は元騎手で元調教師小島太。兄に調教助手小島良太と調教助手の小島勝三がいる。一部メディアでは父と区別をするために小島一と表記される。

小島太一
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
生年月日 (1985-12-30) 1985年12月30日(38歳)
身長 168.0cm(2019年)
体重 51.0kg(〃)
血液型 O型
騎手情報
所属団体 JRA
初免許年 2005年
免許区分 平地・障害[1]
騎手引退日 2019年10月31日
通算勝利 1189戦44勝
経歴
所属 美浦・小島太(2005.3.1 - 2007.7.31)
美浦・フリー(2007.8.1 - 2008.2.24)
美浦・小島太(2008.2.25 - 2018.2.28)
美浦・和田勇介(2018.3.1 - 2019.7.31)
美浦・フリー(2019.8.1 - 2019.10.31)
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経歴

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小島太の四男として生まれる[2]。幼少時代の父の思い出として、「負けたり騎乗停止になって家に帰ってくると、八つ当たりがすごくて。仕事から帰ってきたら怖い父でした」と語っている[3]。小学4年の時に父のエリザベス女王杯の騎乗(サクラキャンドル)を生で見て騎手を目指した[4]。なお、10歳上の兄・勝三(かつみ)も騎手を目指し競馬学校の騎手課程を受けたが落ちている[5]

2002年、21期生として競馬学校に入学。同期には大野拓弥鮫島良太塚田祥雄中村将之らがいる。2005年に小島太厩舎からデビュー。初騎乗は2005年3月5日中山競馬第2競走のメイショウジャンヌで15頭中14着だった。同年3月12日中京競馬第8競走でホットカフェに騎乗し初勝利を挙げた。同年6月12日エプソムカップで自厩舎のブラックカフェで重賞初騎乗(15番人気16着)。同期の中で最も早い重賞騎乗だった。

2007年3月22日から5月5日まで修業のためニュージーランドへ遠征した[6]

2018年に父が定年となり厩舎が2月末で解散したため、新規開業の和田勇介厩舎に移籍。2019年8月1日からフリーとなった[7]

2019年10月25日に同月末をもって引退する事を発表。引退後は萩原清厩舎にて調教助手となる[8]

人物

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騎乗成績

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年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
2005年 9 11 9 168 .054 .119 .173
2006年 12 12 11 227 .053 .106 .154
2007年 8 4 2 122 .066 .098 .115
2008年 3 5 3 111 .027 .072 .099
2009年 5 9 7 108 .046 .130 .194
2010年 2 6 5 117 .017 .068 .111
2011年 1 4 1 78 .013 .064 .077
2012年 3 0 1 65 .046 .046 .062
2013年 1 2 3 53 .019 .057 .113
2014年 0 2 0 27 .000 .074 .074
2015年 0 0 0 13 .000 .000 .000
2016年 0 2 0 33 .000 .061 .061
2017年 0 0 0 41 .000 .000 .000
2018年 0 1 0 17 .000 .059 .059
2019年 0 2 2 9 .000 .222 .444
中央 44 60 44 1189 .037 .087 .124
地方 0 0 1 9 .000 .000 .111
日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 2005年3月5日 2回中山3日2R 3歳未勝利 メイショウジャンヌ 15頭 8 14着
初勝利 2005年3月12日 1回中山3日8R 4歳上500万下 ホットカフェ 16頭 5 1着
重賞初騎乗 2005年6月12日 3回東京8日11R エプソムカップ ブラックカフェ 17頭 15 16着

主な騎乗馬

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脚注

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関連項目

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外部リンク

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