宮崎県立児湯るぴなす支援学校
宮崎県新富町にある特別支援学校
宮崎県立児湯るぴなす支援学校(みやざきけんりつ こゆるぴなすしえんがっこう)は、宮崎県児湯郡新富町にある公立特別支援学校である。
宮崎県立児湯るぴなす支援学校 | |
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北緯32度4分18.4秒 東経131度30分14.1秒 / 北緯32.071778度 東経131.503917度座標: 北緯32度4分18.4秒 東経131度30分14.1秒 / 北緯32.071778度 東経131.503917度 | |
過去の名称 | 宮崎県立児湯養護学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 宮崎県 |
設立年月日 | 1979年(昭和54年)4月1日 |
創立記念日 | 4月1日 |
設置学部 |
小学部 中学部 高等部 |
学校コード | E145240299409 |
特別支援学校コード | 45434G(高等部)[1] |
所在地 | 〒889-1401 |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
概要
編集生徒数:92名[2] (2018年現在)
設置学部
編集体調によって通学が困難な児童生徒に対して、家庭や病院を訪問して授業を行う「訪問教育学級」がある。
教育方針
編集- 基本理念
- 一人一人の個性が輝く創意あふれる教育
- 教育目標
- 主体的・積極的な社会参加や自立の基礎となる「生きる力」を培い、豊かな人間関係を築くことができる心身共に調和のとれた人間の育成を図る
- 重点目標
- 児童生徒にとって魅力ある学校づくり
- 主体的に学びあう教師集団
- 地域・保護者から信頼される学校づくり
- 長期的展望にたった学習環境の整備
沿革
編集- 1968年(昭和43年)6月 : 宮崎県立富養園[注釈 1]小児病棟に「ルピナス学園」を開設。
- 1969年(昭和44年)4月1日 : 新富町立富田小学校ルピナス学園特殊学級および新富町立富田中学校ルピナス学園特殊学級が許可。
- 1973年(昭和48年)4月1日 : 特殊学級が分校に昇格。(富田小学校ルピナス学園分校、富田中学校ルピナス学園分校)
- 1979年(昭和54年)
- 1979年度(昭和54年度) : 富田小学校との交流教育を開始。(富田小学校の研究指定校となる)
- 1981年(昭和56年)4月1日 : 新校舎に移転。
- 1982年(昭和57年)3月12日 : 体育館が竣工。
- 1988年(昭和63年)4月1日 : 宮崎県宮崎養護学校(現・宮崎県立みやざき中央支援学校)より訪問教育学級を移管。
- 1996年(平成8年)3月15日 : プールが竣工。
- 2001年(平成13年)
- 4月11日 : 牛乳給食を開始。
- 9月1日 : 学校給食を開始。
- 2007年(平成19年)4月1日 : 発達障がいに対応した指導力向上事業特別支援教育研究校に指定(2ヵ年)
- 2008年(平成20年)
- 4月1日 : 学校教育法の改正に伴い、「宮崎県立児湯るぴなす支援学校」に改称。
- 11月8日 : 創立30周年記念式典を挙行。
- 2010年(平成22年)
- 4月1日 : 入学対象の障がい種が、「病弱」から「知的障がい」/「知的障がい・肢体不自由」に移行。
- 5月6日 : 高等部設置準備委員会を開設。
- 2013年(平成25年)4月1日 : 高等部を設置[3](宮崎県立みやざき中央支援学校高等部より訪問教育学級を移管[4])。
- 2016年(平成28年)4月15日 : 高等部の作業学習を企業化した「るぴなす会社」を設立。
交通
編集- 最寄りの鉄道駅
- JR日豊本線 日向新富駅より500m(徒歩6分)
- 最寄りのバス停
- 宮崎交通バス 高鍋線(三納代経由) 「三納代」バス停より700m(徒歩9分)
- 最寄りの道路
- 宮崎県道309号川床日向新富停車場線 「日向新富駅前」交差点
- 宮崎県道306号今別府八幡線 「新富町新町」交差点
周辺
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 2009年3月閉園。2009年4月、宮崎県立宮崎病院精神医療センターに移転。
出典
編集- ^ 高校等コード表(大学入試センター試験)より。
- ^ “学校長あいさつ”. 宮崎県立児湯るぴなす支援学校. 2019年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月8日閲覧。
- ^ “県立児湯るぴなす支援学校高等部の開設について” (PDF). 宮崎県教育委員会特別支援教育室 (2013年4月26日). 2017年11月11日閲覧。
- ^ “訪問教育学級 日誌(平成24年度)”. 宮崎県立みやざき中央支援学校. 2017年11月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月11日閲覧。