孫 泰(そん たい)は、中国三国時代の呉の皇族。父は孫匡。母は曹操の弟の娘。子は孫秀[1]。
長水校尉に任命された。嘉禾3年(234年)、合肥の戦いに従軍したが、合肥新城を守る満寵の軍勢の矢を受け、戦死した[2]。