大津祐樹
大津 祐樹(おおつ ゆうき、1990年3月24日 - )は、茨城県水戸市出身の元プロサッカー選手、会社経営者。現役時代のポジションはフォワード、ミッドフィールダー。元日本代表。
| ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
ボルシアMGでの大津祐樹(2012年) | ||||||
名前 | ||||||
愛称 | ユウキ[1]、チャラ男[2]、兄貴、おおつくん | |||||
カタカナ | オオツ ユウキ | |||||
ラテン文字 | OTSU Yuki | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1990年3月24日(34歳) | |||||
出身地 | 茨城県水戸市 | |||||
身長 | 180cm[1] | |||||
体重 | 73kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW / MF | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
2005-2007 | 成立学園高校 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2008-2011 | 柏レイソル | 66 | (7) | |||
2011-2012 | ボルシアMG | 3 | (0) | |||
2012-2014 | VVVフェンロー | 50 | (6) | |||
2015-2017 | 柏レイソル | 49 | (3) | |||
2018-2020 | 横浜F・マリノス | 60 | (1) | |||
2021-2023 | ジュビロ磐田 | 77 | (9) | |||
通算 | 305 | (26) | ||||
代表歴2 | ||||||
2011-2012 | 日本 U-23 | 16 | (6) | |||
2013 | 日本 | 2 | (0) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2023年11月12日現在。 2. 2013年3月22日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
株式会社ASSIST代表取締役社長。
来歴
編集プロ入り前
編集兄の影響で小学校3年生の時にサッカーを始めた[3]。新荘常磐SSSと水戸市立堀原小学校のスポーツ少年団の両方に所属しており、後に練習強度が強い新荘常磐SSSに移籍した[4]。大学進学を考えていたが、柏レイソルと練習試合を行った際に当時のスカウト鈴木康仁の目に留まり、熱烈な勧誘を受けて柏へ入団することを決めた[5][6][7]。
クラブ
編集柏レイソル
編集加入直後の2008年2月、フランサ、北嶋秀朗、李忠成といったフォワード陣が相次いで離脱したことから、プレシーズンマッチのちばぎんカップでいきなりスターティングメンバーに抜擢される。翌年も、J1クラブから届いたオファーを全て断り柏に残留したが、筋肉系の負傷が続き、9月にはネルシーニョ監督の意向もあって約1ヶ月間ブラジルのサンパウロに渡り、怪我の治療と再発防止のための肉体強化に専念した[5]。J1に復帰した2011年は開幕からレギュラーに復帰し、7月までにリーグ戦10試合に出場した[5]。
ボルシアMG
編集2011年7月、ドイツ・ブンデスリーガのボルシア・メンヒェングラートバッハへ移籍[8]。レギオナルリーガ(4部)のリザーブチームでプレーした後、同年10月22日の第10節TSG1899ホッフェンハイム戦で後半39分から途中出場し、ブンデスリーガデビューを果たした[9]。しかし、マルコ・ロイス、フアン・アランゴ、パトリック・ヘアマンといった層の厚い攻撃陣に割って入ることはできず、リーグ戦では3試合、計31分の出場に留まった[10][11]。
VVVフェンロ
編集2012年8月、出場機会を求めてオランダ・エールディヴィジのVVVフェンローへ移籍[11][12]。同年9月15日、第5節NECナイメヘン戦で移籍後初出場を果たした[13]。10月21日の第9節フェイエノールト戦では初めてスターティングメンバーに入り、アシストを記録[12]。12月9日の第16節フィテッセ戦で初ゴールを決めた[14][15]。同年はリーグ戦22試合に出場したが、チームは昇降格プレーオフで敗退し、5季ぶりのエールステ・ディヴィジ(2部)降格が決まった[16]。
2013-14シーズンもチームに残留し、かつて本田圭佑やカレン・ロバートが着けていた背番号「10」を引き継いだが、2013年12月15日の第21節MVVマーストリヒト戦で右足アキレス腱断裂の重傷を負い、シーズンの残り全試合を欠場した[17]。
2014-15シーズン、2014年8月22日の第3節デ・フラーフスハップ戦で250日ぶりの公式戦復帰を果たした[18]。
柏レイソル復帰
編集VVVフェンロが財政難に陥ったこともあり、2014年12月12日、古巣の柏レイソルに復帰することが発表された[19][20]。背番号はオランダ時代と同じ「10」に決まったが、柏で日本人選手が10番を背負うのは2003年の大野敏隆以来、12年ぶりとなった[21]。
2015年は脚の違和感によりキャンプから別メニュー調整が続き、スターティングメンバーに復帰した矢先の1stステージ第16節名古屋グランパス戦で左膝後十字靭帯を損傷するなど怪我に苦しんだものの、10月24日の2ndステージ第15節清水エスパルス戦で日本復帰後初ゴールを決めた[22][23][24]。
2017年4月16日、第7節のヴィッセル神戸戦では今季初得点を決めて首位を撃破に貢献した。
横浜F・マリノス
編集2018年シーズン、横浜F・マリノスへ完全移籍[25]。マリノスでは、1年目以降はベンチスタートが増えたものの、試合外でもチームを支え、2019年のリーグ優勝に貢献。また、マリノスが新グッズ「#すべてはマリノスのために タオルマフラー」を発売予告するも、チームカラーである赤・白・青のトリコロールが無かったためファンから声が上がり、その声に大津が答えグッズにトリコロールが入る出来事があった[26]。
ジュビロ磐田
編集2021年シーズン、ジュビロ磐田へ完全移籍[27]。背番号はインパクトのある番号が好きということと、攻撃的な選手としては珍しいということもあって空き番号の中から「4」を選んだ[28]。3月21日、京都サンガF.C.戦で移籍後初ゴールを決めた[29]。第17節のギラヴァンツ北九州戦からスタメンに定着し、自身キャリアタイ記録となるシーズン6得点を決めて、J2優勝とJ1昇格に貢献した。
2022年シーズンは背番号を「4」から「11」を背負うことになった。
2023年1月7日の午前7時7分にジュビロ磐田での契約更新を発表[30]。 そして、同シーズンから背番号を「11」から「77」に変更した。同年12月25日、クラブとの契約は残っているものの現役引退することが発表された[31][32]。
日本代表
編集2011年3月26日の親善試合ウズベキスタン戦でU-22日本代表に初招集され、同年11月のロンドン五輪アジア最終予選ではバーレーン戦、シリア戦で2試合連続ゴールを挙げた[5][10]。翌年の本大会でもグループリーグ第1戦スペイン戦で扇原貴宏のコーナーキックから決勝ゴールを挙げたほか、準々決勝エジプト戦、準決勝メキシコ戦で各1得点を記録し、チームトップの3得点を挙げる活躍でベスト4進出に貢献した[33][34]。
2013年2月6日、キリンチャレンジカップ・ラトビア戦で国際Aマッチ初出場を果たした[35]。
私生活
編集所属クラブ
編集個人成績
編集国内大会個人成績 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2008 | 柏 | 27 | J1 | 14 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 18 | 0 |
2009 | 33 | 6 | 5 | 2 | 1 | 0 | 39 | 8 | |||
2010 | 14 | J2 | 9 | 1 | - | 1 | 0 | 10 | 1 | ||
2011 | J1 | 10 | 0 | 1 | 0 | - | 11 | 0 | |||
ドイツ | リーグ戦 | リーグ杯 | DFBポカール | 期間通算 | |||||||
2011-12 | ボルシアMG | 23 | ブンデス1部 | 3 | 0 | - | 1 | 0 | 4 | 0 | |
オランダ | リーグ戦 | リーグ杯 | KNVBカップ | 期間通算 | |||||||
2012-13 | VVV | 17 | オランダ1部 | 22 | 1 | - | 1 | 0 | 23 | 1 | |
2013-14 | 10 | オランダ2部 | 20 | 4 | - | 2 | 0 | 22 | 4 | ||
2014-15 | 8 | 1 | - | 1 | 0 | 9 | 1 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2015 | 柏 | 10 | J1 | 14 | 1 | 2 | 0 | 2 | 0 | 18 | 1 |
2016 | 19 | 1 | 4 | 0 | 3 | 2 | 26 | 3 | |||
2017 | 16 | 1 | 3 | 0 | 4 | 0 | 23 | 1 | |||
2018 | 横浜FM | 9 | 25 | 1 | 9 | 2 | 2 | 0 | 36 | 3 | |
2019 | 7 | 23 | 0 | 6 | 2 | 2 | 1 | 31 | 3 | ||
2020 | 12 | 0 | 0 | 0 | - | 12 | 0 | ||||
2021 | 磐田 | 4 | J2 | 40 | 6 | - | 2 | 0 | 42 | 6 | |
2022 | 11 | J1 | 26 | 3 | 3 | 0 | 1 | 0 | 30 | 3 | |
2023 | 77 | J2 | 11 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 14 | 0 | |
通算 | 日本 | J1 | 192 | 13 | 36 | 6 | 16 | 3 | 244 | 22 | |
日本 | J2 | 60 | 7 | 3 | 0 | 3 | 0 | 66 | 7 | ||
ドイツ | ブンデス1部 | 3 | 0 | - | 1 | 0 | 4 | 0 | |||
オランダ | オランダ1部 | 22 | 1 | - | 1 | 0 | 23 | 1 | |||
オランダ | オランダ2部 | 28 | 5 | - | 3 | 0 | 31 | 5 | |||
総通算 | 305 | 26 | 39 | 6 | 24 | 3 | 368 | 35 |
- その他の公式戦
国際大会個人成績 | ||||
---|---|---|---|---|
年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
AFC | ACL | |||
2015 | 柏 | 10 | 7 | 0 |
2020 | 横浜FM | 7 | 3 | 0 |
通算 | AFC | 10 | 0 |
- その他の国際公式戦
- 2015年
- AFCチャンピオンズリーグ2015 東地区プレーオフ 1試合0得点
記録
編集- Jリーグ初出場 - 2008年3月9日 J1第1節 ジュビロ磐田戦 (日立柏サッカー場)
- 公式戦初得点 - 2009年3月25日 ナビスコカップグループリーグ第1節 FC東京戦 (日立柏サッカー場)
- Jリーグ初得点 - 2009年4月29日 J1第8節 大分トリニータ戦 (日立柏サッカー場)
- ブンデスリーガ初出場 - 2011年10月22日 第10節 TSG1899ホッフェンハイム戦 (ライン・ネッカー・アレーナ)
- エールディヴィジ初出場 - 2012年9月15日 第5節 NECナイメヘン戦 (デ・クール)
- エールディヴィジ初得点 - 2012年12月9日 第16節 フィテッセ戦 (デ・クール)
- 国際Aマッチ初出場 - 2013年2月6日 キリンチャレンジカップ ラトビア戦 (ホームズスタジアム神戸)
タイトル
編集クラブ
編集代表歴
編集出場大会
編集- U-22日本代表
- 2011年 - ロンドン五輪・アジア最終予選
- U-23日本代表
- 日本代表
- 2013年 - キリンチャレンジカップ
試合数
編集- 国際Aマッチ 2試合 0得点 (2013年)
日本代表 | 国際Aマッチ | |
---|---|---|
年 | 出場 | 得点 |
2013 | 2 | 0 |
通算 | 2 | 0 |
出場
編集No. | 開催日 | 開催都市 | スタジアム | 対戦国 | 結果 | 大会 |
---|---|---|---|---|---|---|
1. | 2013年2月6日 | 神戸 | ホームズスタジアム神戸 | ラトビア | ○3-0 | キリンチャレンジカップ2013 |
2. | 2013年3月22日 | アル・アイン | ハリファインターナショナルスタジアム | カナダ | ○2-1 | 国際親善試合 |
書籍
編集- 『おーつゆーきです。』(2012年、ワニブックス、ISBN 9784847091179)
脚注
編集- ^ a b “大津 祐樹|選手プロフィール(2015)”. 柏レイソル. 2016年2月11日閲覧。
- ^ “恩師が明かす「チャラ男」大津の正体”. 東スポWeb. 2022年3月5日閲覧。
- ^ “大津祐樹の出身高校” 2022年3月5日閲覧。
- ^ 鈴木啓太 / Keita Suzuki. “【二刀流】大津祐樹が語る努力の源・鹿島アントラーズユースへの憧れ”. Youtube. 2024年5月11日作成、2024年5月11日閲覧。
- ^ 鈴木潤. “on the way 13 大津 祐樹”. 柏レイソル. 2016年2月11日閲覧。
- ^ "サッカー元日本代表FWを拒絶した「鹿島アントラーズ」スカウトの見る目のなさ". Asagei Plus. 徳間書店. 23 May 2024. 2024年5月23日閲覧。
- ^ 『大津 祐樹選手 ボルシアMGに移籍』(プレスリリース)柏レイソル、2011年7月20日 。2016年2月11日閲覧。
- ^ “ボルシアMG大津「うれしい」ドイツデビュー”. スポーツニッポン. (2011年10月24日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ a b 元川悦子 (2012年2月13日). “ボルシアMGと大津祐樹の現在 古豪復活の要因は厳しい生存競争と若手の台頭”. J SPORTS 2016年2月11日閲覧。
- ^ a b “大津、出場機会求めVVV移籍”. 日刊スポーツ. (2012年9月2日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ a b 元川悦子 (2012年10月26日). “VVVフェンロ:大津祐樹インタビュー 五輪は通過点。オランダで揉まれる大津の今。”. J SPORTS 2016年2月11日閲覧。
- ^ “大津が右ウイングでオランダデビュー、VVVは2点差追いつき連敗ストップ”. ゲキサカ. (2012年9月16日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ “大津が移籍後初ゴール&カレンの今季2点目をアシスト! VVVがフィテッセに快勝”. SOCCER KING. (2012年12月10日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ “大津欧州移籍後“初”ゴール/オランダ”. 日刊スポーツ. (2012年12月10日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ “カレン・大津のVVVフェンロ2部降格 オランダ1部リーグ”. 日本経済新聞. (2013年5月19日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ “大津が右アキレス腱断裂の重傷 今シーズン絶望”. スポーツニッポン. (2013年12月16日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ “大津、アキレス腱断裂から250日ぶり復帰”. 日刊スポーツ. (2014年8月24日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ “大津 柏に復帰、フェンロ財政難で“放出” 古巣から代表狙う”. スポーツニッポン. (2014-12-2-09) 2016年2月11日閲覧。
- ^ 『大津 祐樹選手が移籍加入』(プレスリリース)柏レイソル、2014年12月12日 。2016年2月11日閲覧。
- ^ 鈴木潤 (2015年2月2日). “【柏レイソル】背番号にまつわるエトセトラ『ブラジルではオカマの番号なんです』”. J論 2016年2月11日閲覧。
- ^ 小田智史 (2015年2月18日). “【柏】4年ぶりの凱旋試合――大津祐樹が放つ異色の輝き”. サッカーダイジェスト 2016年2月11日閲覧。
- ^ 『大津 祐樹選手の負傷について』(プレスリリース)柏レイソル、2015年6月24日 。2016年2月11日閲覧。
- ^ “柏、全力プレーで清水に完勝「惨めな試合できない」”. 日刊スポーツ. (2015年10月24日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ 『大津 祐樹選手 横浜F・マリノスへ移籍』(プレスリリース)柏レイソル、2018年1月3日 。2018年1月3日閲覧。
- ^ 横浜FMがグッズ販売で迅速神対応! MF大津「動いてみましょう」サポーターの要望に応える ゲキサカ 2019年11月5日
- ^ 大津 祐樹選手が完全移籍加入 ジュビロ磐田 2021年1月15日
- ^ “磐田に移籍の大津祐樹 FW登録で背番号「4」を選んだ理由”. デイリースポーツ. (2021年1月17日)
- ^ J2磐田 接戦制し2連勝 中日新聞 2021年3月22日
- ^ [1]
- ^ “大津 祐樹選手 現役引退のお知らせ”. www.jubilo-iwata.co.jp. 2023年12月25日閲覧。
- ^ “現役引退”. 大津祐樹公式Instagram. 2023年12月25日閲覧。
- ^ “大津決めた!日本がスペイン撃破の大金星”. サンケイスポーツ. (2012年7月27日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ 小澤一郎 (2012年8月12日). “「4位」という結果から得た収穫と課題 U−23日本代表総括”. スポーツナビ 2016年2月11日閲覧。
- ^ “大津“異例の”A代表デビュー!ドリブルで3人をぶっちぎる”. スポーツニッポン. (2012年7月27日) 2016年2月11日閲覧。
- ^ “元日本代表の大津祐樹がテレ朝久冨慶子アナと元日婚”. 日刊スポーツ (2018年1月5日). 2018年1月13日閲覧。
- ^ “テレ朝・久冨慶子アナ、「グッド!モーニング」で第一子となる男の子出産を報告「すべての皆さんに感謝しています」”. スポーツ報知 (2021年2月12日). 2024年1月15日閲覧。
- ^ “テレ朝・久冨慶子アナ、31歳を迎えた夫・大津祐樹&長男と幸せ家族ショット「これからも賑やかに」”. スポーツ報知 (2021年3月25日). 2024年1月15日閲覧。
- ^ 磐田の大津祐樹が「KELME」の取締役に就任!自身もスパイクを着用「新しい挑戦を楽しみにしてください」 - 超サッカー!・2022年2月14日
- ^ “サッカー元日本代表の大津祐樹氏 会社の取締役就任を報告 妻はテレ朝女子アナ/デイリースポーツ online”. デイリースポーツ online (2024年1月15日). 2024年1月15日閲覧。
- ^ “元日本代表FW大津祐樹氏が120億円企業の取締役に就任 「アスリートの未来につなげたい」思いの原点(矢内由美子) - エキスパート”. Yahoo!ニュース. 2024年1月15日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 大津祐樹 - Olympedia
- 大津祐樹 - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ
- 大津祐樹 - National-Football-Teams.com
- 大津祐樹 - Soccerway.com
- 大津祐樹 - FootballDatabase.eu
- 大津祐樹 - WorldFootball.net
- 大津祐樹 - Transfermarkt.comによる選手データ
- 大津祐樹 - FIFA主催大会成績
- 大津祐樹 - J.League Data Siteによる選手データ
- 大津祐樹 - TheFinalBall.com
- 大津祐樹 (@yukiotsu23) - X(旧Twitter)
- 大津祐樹 (@o2yuki) - Instagram
- 大津祐樹 (yuki.otsu.94) - Facebook
- 大津祐樹 オフィシャルブログ Powered by Ameba(2012年6月30日 - )