多治比継兄
多治比 継兄(たじひ の つぐえ)は、奈良時代から平安時代初期にかけての貴族。官位は従四位上・神祇伯。
時代 | 奈良時代 - 平安時代初期 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 大同4年7月11日(809年8月25日) |
官位 | 従四位上・神祇伯 |
主君 | 光仁天皇→桓武天皇 |
氏族 | 多治比氏 |
経歴
編集光仁朝末の宝亀11年(780年)従五位下・民部少輔に叙任される。翌天応元年(781年)桓武天皇の即位後まもなく豊後守に遷ると、天応2年(782年)大宰少弐と桓武朝初頭は九州地方の地方官を歴任する。延暦7年(788年)右少弁に任ぜられて京官に復すが、延暦9年(790年)には大宰少弐に再任される。
その後、従四位下まで昇進したのち、延暦16年(797年)中務大輔、延暦18年(799年)神祇伯兼右京大夫、延暦24年(805年)兼右兵衛督など、桓武朝後半は京官を歴任している。
官歴
編集『六国史』による。