増永 吉次郎(ますなが きちじろう、1884年(明治17年[1]) - 没年不明)は、大正から昭和時代前期の台湾総督府官僚。澎湖庁長。
鹿児島県に生まれる[1][2]。1903年(明治36年)7月、台湾総督府国語学校師範部を首席にて卒業し、公学校長を務める[1]。1915年(大正4年)台南庁属となり、学務係長を拝命する[1]。ついで台中州竹山郡守、同州大屯郡守、同州彰化郡守を経て[3]、澎湖庁長に就任した[2]。