向野橋(こうやばし)は、愛知県名古屋市中村区長戸井町1丁目、中川区百船町にある東海旅客鉄道(JR東海)名古屋車両区などをまたぐ跨線橋。「向野跨線橋」、「向野跨線道路橋」、「かまぼこ陸橋」とも呼ばれる。かつては道路橋であったが、橋の老朽化に伴い、2002年に歩行者専用となった(但し原動機付自転車は通行可)。

向野橋

地図
基本情報
日本の旗 日本
所在地 愛知県名古屋市中村区長戸井町1丁目、中川区百船町
建設 1930年昭和5年)(トラスは1899年明治32年)に製造)
座標 北緯35度9分32.31秒 東経136度52分34.32秒 / 北緯35.1589750度 東経136.8762000度 / 35.1589750; 136.8762000座標: 北緯35度9分32.31秒 東経136度52分34.32秒 / 北緯35.1589750度 東経136.8762000度 / 35.1589750; 136.8762000
構造諸元
形式 下路式曲弦プラットトラス(ピン結合)、単純鋼鈑桁、2径間連続鋼鈑桁、3径間RCラーメン橋
材料 鋼材
全長 119m
5.5m
最大支間長 85.3m
地図
向野橋の位置(名古屋市内)
向野橋
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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概要

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1930年昭和5年)、当時の日本国有鉄道(国鉄)名古屋機関区設置時に設けられた[1]

この橋のトラス橋部分は1899年明治32年)、京都鉄道によって保津川橋梁として京都の保津川に架橋されたもので、米国A&Pロバーツ社で製造された[2]

架橋当時は日本最長であった支間長は[2]保津川下りに配慮したものであったという[3]

1906年明治39年)、京都鉄道が国有化されると路線は山陰本線(旧線)となったが、1922年大正11年)4月3日、保津川橋梁で列車の脱線転覆事故が発生[4]。損傷を受けた橋は修理されて再び使用されたのち1928年昭和3年)に架け替えられ、旧橋は現在地に移設された。現在も橋桁の一部に当時の修理跡が残っている。

かつては橋梁中央部上に照明灯を載せた櫓が建てられていた[5]

2011年平成23年)10月17日には、名古屋市の認定地域建造物資産に認定された[6]

2016年(平成28年)に土木学会選奨土木遺産に選ばれる[7]

諸元

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  • 橋長:119m 
  • 橋幅:5.5m
  • 下路式曲弦プラットトラス(ピントラス):85.3m(1連)
  • 下路式プレートガーダー:架け違い式

脚注

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  1. ^ 向野橋”. from NAGOYA. 2013年3月31日閲覧。
  2. ^ a b 歴史的鋼橋:向野跨線道路橋”. 土木学会 (2004年1月24日). 2013年3月31日閲覧。
  3. ^ 広報なごや 2010年12月号”. 名古屋市. 2013年3月31日閲覧。
  4. ^ 嵐峡にて列車脱線転覆 大阪朝日新聞 1922.4.4(大正11年)”. 神戸大学電子図書館システム - 一次情報表示. 2013年3月31日閲覧。
  5. ^ 編集長敬白:日本鉄道保存協会2011年度(平成23年度)総会より。(中)”. ネコ・パブリッシング (2011年10月25日). 2013年3月31日閲覧。
  6. ^ 向野橋(暮らしの情報)”. 名古屋市. 2021年5月30日閲覧。
  7. ^ 土木学会 平成28年度度選奨土木遺産 向野橋”. www.jsce.or.jp. 2022年6月9日閲覧。

関連項目

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