古居 みずえ(ふるい みずえ、1948年 - )は、日本のフォト・ジャーナリスト映画監督である。アジアプレス・インターナショナル所属、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会会員[1]

ふるい みずえ
古居 みずえ
生年月日 1948年
出生地 日本の旗 日本島根県
職業 フォト・ジャーナリスト
映画監督
ジャンル 映画
活動期間 2005年 -
受賞
石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(2006年)
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経歴

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1948年に島根県で生まれ[2][注 1]東京都に在住[6]する。37歳で関節リウマチを患い歩行困難となり、1か月後に歩行器なしで不動となったが、投薬で回復した[7][8]

フォトジャーナリスト広河隆一の写真展を観覧し、罹患前職はOLであったが「一度きりの人生。何かを表現したい」と思い[9]、1988年にフリージャーナリストとしてパレスチナへ渡航する[10]

1993年に難民キャンプ出身のガーダ・アギールと出会い、静止画と動画を撮り続けて12年後にドキュメンタリー映画『ガーダ パレスチナの詩』を制作する[10]。2005年に写真『パレスチナの女たち』でDAYS国際フォトジャーナリズム大賞審査員特別賞[11]、2006年に第6回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)[12]それぞれを受賞した。

2011年にイスラエルガザ地区空爆で犠牲になった家族を取材して映画『ぼくたちは見た ガザ・サムニ家の子どもたち』を公開する[13]

福島第一原発事故で計画的避難区域に指定された福島県飯舘村を取材したドキュメンタリー映画『飯舘村の母ちゃんたち』を製作[14]して脱原発を訴求する[15]

出身地島根県に対する社会貢献で、「古居みずえ故郷の会」として掛合町出雲市松江市など県内各市町村映画上演や講演している[16]

2014年に、ガザ地区を取材してアジアプレスのウェブサイトに記載した[17][18][19]

2016年3月に、福島県飯舘村農業を営む女性を扱うドキュメンタリー映画『飯舘村の母ちゃんたち、土とともに』を公開した。

ビブリオグラフィー

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フィルモグラフィー

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脚注

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注釈

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  1. ^ 雲南市掛合村で出生したという説がある一方[3][4]出雲市今市町で出生したという説もある[5]

出典

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  1. ^ ガーダ 女たちのパレスチナ - MORE INFO”. 岩波書店. 2014年7月2日閲覧。
  2. ^ ぼくたちは見た”. 彩流社. 2014年7月2日閲覧。
  3. ^ 出身地掛合(雲南市)で上映会&講演会
  4. ^ 古居みずえ(掛合町出身)第1回監督作品、GHADA(ガーダ) パレスチナの詩 上映会
  5. ^ 東京いずもふるさと会
  6. ^ 松江・17日から古居みずえさん写真展
  7. ^ 『ガーダ パレスチナの詩』ホームページ. イントロダクション
  8. ^ 病気からの回復
  9. ^ 土井敏邦 パレスチナ記録の会 「映画『沈黙を破る』ゲスト・トーク第3回:古居みずえ(フリー・ジャーナリスト)with 山上徹二郎(『沈黙を破る』プロデューサー)」2009年5月9日(土) @ポレポレ東中野
  10. ^ a b Hirano, Keiji (2006年3月8日). “Film gives rare look at Palestinian women”. The Japan Times. 2014年7月2日閲覧。
  11. ^ 第1回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞”. DAYS JAPAN. 2014年7月2日閲覧。
  12. ^ 第6回 石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞発表”. 早稲田ウィークリー (2006年11月2日). 2014年7月2日閲覧。
  13. ^ 松丸, 亜希子 (2011年7月29日). “Column - Interview - 045:古居みずえさん(『ぼくたちは見た ガザ・サムニ家の子どもたち』監督・撮影)”. REALTOKYO. 2014年7月2日閲覧。
  14. ^ 原発事故で故郷を追われた飯舘村の女性たちを映画に~古居みずえ監督に訊く”. アジアプレス・ネットワーク (2013年11月20日). 2014年8月5日閲覧。
  15. ^ 脱原発をめざす女たちの会
  16. ^ 古居みずえ故郷の会
  17. ^ パレスチナ・ガザ緊急報告 古居みずえ(1) 少女の家は破壊された
  18. ^ パレスチナ・ガザ緊急報告 古居みずえ(2) 人影消えたエレツ検問所からガザ地区へ
  19. ^ 日々の雑感 318:“パレスチナ”と関わるジャーナリストとして

外部リンク

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