双峰宗源
双峰宗源(そうほう そうげん)は、鎌倉時代末期の臨済宗聖一派の僧。
双峰宗源 | |
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弘長3年 - 建武2年11月22日 (1263年 - 1336年1月5日) | |
法名 | 逢源[1] |
号 | 双峰禅師[2] |
諡号 | 双峰国師[1] |
生地 | 筑前国 |
宗旨 | 臨済宗 |
師 | 円爾、無学祖元、大休正念など |
弟子 | 定山祖禅、古源邵元、大方源用など[2] |
著作 | 『桂林一枝』[2] |
経歴・人物
編集はじめ京都東福寺の円爾の室に入り、その法を継ぐ[2]。弘安6年(1283年)、鎌倉へ下り無学祖元、大休正念らに参じ20余年まなぶ[2]。嘉元3年(1305年)より筑前崇福寺に住し、正和4年(1315年)に東福寺第12世住職となり、桂昌庵を開基[2]。元亨元年(1321年)、南禅寺第7世住職となり、後宇多上皇より双峰禅師の号を賜る[2]。