原秀治
原 秀治(はら ひではる[1]、1965年3月22日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、バレーボール指導者。1988年ソウルオリンピックバレーボール全日本男子代表。
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基本情報 | ||||
生年月日 | 1965年3月22日(59歳)[1] | |||
出身地 | 鹿児島県霧島市(旧国分市) | |||
ラテン文字 | Hideharu Hara | |||
身長 | 186cm[1] | |||
体重 | 83kg[2] | |||
血液型 | A型[2] | |||
選手情報 | ||||
所属 | 信州ブリリアントアリーズ | |||
愛称 | ヒデ[2] | |||
役職 | 監督 | |||
ポジション | レフト[1] | |||
指高 | 233cm[2] | |||
スパイク | 344cm[2] |
来歴
編集1983年に猫田勝敏にスカウトされ、専売広島バレー部(現JTサンダーズ広島)に入部。ちなみに猫田が最後にスカウトした選手である。1994年から始まったVリーグにもJTサンダーズ(当時)の一員として引き続き参加、エースとして活躍した[1][3]。
全日本では1986年世界選手権に出場。1987年アジア選手権優勝。1988年ソウルオリンピック代表。翌1989年ワールドカップ出場、同年のアジア選手権準優勝に貢献した[1][4]。
1998年、現役引退。日本リーグ(第16回-第27回)およびVリーグ(第1回-第4回)通算で、スパイク11,208打数1,452得点、スパイク決定本数5,346本をあげた[1]。
現役引退後、ゲンナジー・パルシンの下、JTでヘッドコーチを務め、2006年にコーチを勇退した[5]。その後は日本たばこ産業での社業をしながら、トップス広島バレーボール学校や地元霧島市でバレーボール教室を開くなど、指導者として活躍している[6]。
2017年6月、V・チャレンジリーグI女子(当時のVリーグ2部)の大野石油広島オイラーズ監督に就任した[7]。同チームの監督を2シーズン務めて退任。
2019年6月、14シーズンぶりにJTサンダーズ広島のコーチに復帰した[8]。翌年の2020年、監督に昇格した[9]。
2021-22シーズンをもって、2シーズン務めたJT広島の監督を退任し、2022-23シーズンよりV2女子のルートインホテルズ Brilliant Ariesの監督に就任した[10][11]。長年広島を拠点として活動してきたが、一転、長野県を拠点とするチームで監督を務めることとなった。
球歴
編集所属チーム
編集選手
編集- 鹿児島市立鹿児島商業高等学校
- 専売広島/JTサンダーズ(1983-1998年)
指導者
編集- JTサンダーズ コーチ(1998-2006年)
- 大野石油広島オイラーズ 監督(2017-2019年)
- JTサンダーズ広島
- コーチ(2019-2020年)
- 監督(2020-2022年)
- ルートインホテルズ Brilliant Aries/信州ブリリアントアリーズ 監督(2022年-)
脚注
編集- ^ a b c d e f g h “現役勇退者”. JTサンダーズ公式. 1999年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月25日閲覧。
- ^ a b c d e 月刊バレーボール1989年1月号臨時増刊 '89チームの顔 53ページ
- ^ “あの人が語る、猫田勝敏”. JTサンダーズ公式. 2005年3月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月22日閲覧。
- ^ “原 秀治さん(JTサンダース(バレーボール)コーチ)”. 広島県人権啓発活動ネットワーク協議会. 2009年8月22日閲覧。
- ^ “Vリーグ・JTサンダーズ原コーチら勇退”. ニッカンスポーツ (2006年5月31日). 2009年8月22日閲覧。
- ^ “JTのスポーツ社会貢献活動”. 日本トップリーグ連携機構公式. 2009年8月22日閲覧。
- ^ “新入社員コメント”. 大野石油広島オイラーズ. 2017年8月12日閲覧。
- ^ “2019-20シーズン JTサンダーズ新体制のお知らせ”. JTサンダーズ (2019年6月25日). 2019年11月3日閲覧。
- ^ 『2020-21シーズンJTサンダーズ広島新体制のお知らせ』(プレスリリース)JTサンダーズ広島、2020年5月26日 。2021年1月22日閲覧。
- ^ “原秀治監督、古田博幸コーチ退部のお知らせ”. JTサンダーズ広島 (2022年4月26日). 2022年5月21日閲覧。
- ^ “最新情報”. ルートインホテルズ Brilliant Aries (2022年5月20日). 2022年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月21日閲覧。