助成金バイアス(じょせいきんバイアス、助成金による研究偏向: Funding bias: sponsorship bias: funding outcome bias: funding publication bias)とは、研究資金(研究助成金)を提供してくれた人・組織(例:企業)に都合の良い研究結果が発表される傾向(バイアス)のことで、この傾向は実証されている[1][2][3][4][5]。資金提供で研究が偏向するのは科学における不正行為の可能性が高く、研究公正に大きな疑義が生じる。

原因と状況

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人間の心理

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心理学の著名な教科書『影響:科学と実行英語版[6]によると、人間は、他人の好意に好意でむくいたいと感じる互恵英語版 本性がある。研究者も人間なので、研究資金を提供してくれた人・組織に研究成果でむくいたいと思い、研究にバイアスをかける。

また、研究資金を提供してくれた人・組織(例:企業)に都合の良い研究結果を発表することで、研究資金の継続や増額、また同じ人・組織から別の利益供与を期待するからである。

企業と研究者の癒着

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企業は研究者に巨額の資金を提供している。特に製薬企業の医師生物医学研究者への資金提供は顕著である。2014年7月10日付け朝日新聞デジタルに以下の記事がある。

製薬企業が2013年度に医師らに支払った講師謝金・原稿執筆料などの情報公開が、業界の自主ルールに基づき今月から始まる。今年から、医師個人別の金額も開示される。法で開示を定めた米国に比べて不十分だ。製薬大手ノバルティスファーマが資金提供した大学の臨床研究でのデータ不正が明るみに出たが、透明性の確保とはほど遠い。

・・・中略・・・

昨年公表された70社分をみると、製薬企業から医師や医療機関への12年度の資金提供は全体で4793億円。厚生労働省文部科学省など国の医療分野の研究開発関連予算の合計2100億円(14年度)の2倍以上だった。

項目で最も多いのは、薬の治験費用などの研究開発費で計2472億円。265億円の武田薬品工業が最多で、計5社が100億円を超えた。大学や学会に寄付の形で渡す学術研究助成費は計536億円。このうち、特定の研究室などを指定でき、癒着を生みやすい奨学寄付金は、計344億円だった。香典や会食などの接遇費は計113億円で、10億8千万円のノバルティスが最多だった。。

— 「製薬会社から医師への謝金、個人別開示へ 72社指針」、朝日新聞デジタル、2014年7月10日[7]

製薬企業は悪で、医師・研究者は善と思っている人には意外だろうが、資金提供の透明性を高めようとしているのは製薬企業側であり、医師と日本医学会は反対なのである[8]

新薬開発のバイアスの段階

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新薬の開発段階において、バイアスが混入する可能性が高いのは、次の各段階とされている。

  1. 関係領域の文献調査時…自社の都合の良いデータばかり収集する
  2. 試験対象集団(被験者)の選定時…医師(または、実施機関)によって、被験者を選定する基準が微妙に異なる
  3. 試験実施時…治験薬、対照薬の投与ミス、取り扱いミス等
  4. 検査結果の測定及び評価時…用いられた測定方法・評価方法が正確でない
  5. 症例データの解析時…解析に関する仕様が、試験終了後に決められた場合等
— 治験ナビ-治験・医薬用語集<バイアス>[9]

助成金バイアスの仕組み

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研究不正

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一般的に、研究成果の発表(学術出版論文書籍など)やレポート調査研究等の報告書)に、データねつ造改ざんなどの科学における不正行為が生じる。これらの不正行為は、まれである。助成金バイアスでは、資金を提供してくれた人・組織(企業)に都合の良いように意図的に、データねつ造改ざんがされる。明らかな研究倫理違反である。場合によると、犯罪になる。

結論ありき

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前もって決めた結論を支持する研究方法・データを選択し、支持に否定的な研究方法・データを除外する[10]。例えば、タバコ産業は、受動喫煙が健康に及ぼす影響では最も小さい数値見つけて公表する[11]

企業は、研究者を雇用する時、機密保持の契約書に署名することを研究者に要求する。それによって研究者は、どんな研究結果がでても企業に報告する義務を負う一方、社外で自由に発表できる権利を放棄させられる。企業は、この契約書で、企業に不都合な研究結果を抑え、都合の良い研究結果を発表することができる。実際、製薬企業が資金提供した研究結果は、製薬企業に都合の良い研究結果になっているという実証データがある[1][2][3]

出版バイアス

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一般的に、研究で、有意な結果が得られた場合とそうでない場合、どちらが論文として採択されるかと考えると、研究論文には新規性が要求されるので、有意な結果の方が採択されやすい。したがって、収集した論文で、効果が「有意」か「有意でないか」を集計し、論文数が多いほうが正しいと判断すると、「有意だ」という結果になりやすい傾向(バイアス)がある[12][13]。医薬品の有効性を試験する研究では、「効果がない」という結果より、「効果がある」という論文のほうが採択されやすい。助成金バイアスでは、この一般的な出版バイアスに便乗し、資金を提供してくれた人・組織(企業)に都合の良い論文を意図的に、より多く発表する。研究倫理違反である。

選択バイアス

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一般的に、研究者の性質や能力によって、観測対象に偏りが生じ、その偏りのために結論が偏る。例えば、目の粗い網で魚を取ると、大きな魚しか取れず、目を細かくすると小さな魚も取れる。このように、測定方法をどう選択するかで、ある湖の魚の種類と数を測定した結果はバイアスがかかる。偏りを生じない測定方法を用いても、観測対象の選択が偏っていると、バイアスがかかる。

二重盲検法でも、従属変数、対象(何を入れ、何を除くかという選択の基準に依存)、サンプルの大きさ、統計的手法、不適切なコントロール(対照)などでバイアスをかけることができる。

助成金バイアスでは、この特性を利用して、研究資金を提供してくれた組織(企業)に都合の良い結果が得られるように、観測対象や測定方法を選択する[11]。臨床研究では、医薬品が有効と思われた特定の治験対象患者だけを残して、何度も繰り返し試験し、都合の良い結果が出た場合だけを発表するサブグループ解析という手法もある。

実例

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  • 1996年:米国の論文。認識能力に対するニコチンの影響に関する研究で、タバコ産業から助成金を得ている研究者ほどニコチンや喫煙が認識能力を改善するという論文が発表された[14]
  • 2007年-2014年:日本の「ディオバン事件」。高血圧の治療薬ディオバンの日本の臨床研究報告が、製薬企業であるノバルティス社に都合の良いように発表された。論文のデータ操作に問題があったとして一連の論文が撤回された事件。

関連項目

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脚注・文献

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  1. ^ a b Lundh, Andreas; Sismondo, Sergio; Lexchin, Joel; Busuioc, Octavian A; Bero, Lisa; Lundh, Andreas (2012). Industry sponsorship and research outcome. doi:10.1002/14651858.MR000033.pub2. 
  2. ^ a b Keyhani, Salomeh; Catala-Lopez, Ferran; Sanfelix-Gimeno, Gabriel; Ridao, Manuel; Peiro, Salvador (2013). “When Are Statins Cost-Effective in Cardiovascular Prevention? A Systematic Review of Sponsorship Bias and Conclusions in Economic Evaluations of Statins”. PLoS ONE 8 (7): e69462. doi:10.1371/journal.pone.0069462. ISSN 1932-6203. 
  3. ^ a b Peura, P. K.; Martikainen, J. A.; Purmonen, T. T.; Turunen, J. H. O. (2011). “Sponsorship-Related Outcome Selection Bias in Published Economic Studies of Triptans: Systematic Review”. Medical Decision Making 32 (2): 237-245. doi:10.1177/0272989X11403834. ISSN 0272-989X. 
  4. ^ a b David Michaels (2008年7月15日). “It's Not the Answers That Are Biased, It's the Questions”. The Washington Post. http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/07/14/AR2008071402145.html  2014年8月13日閲覧
  5. ^ Understanding Science. “Who pays for science?”. University of California Museum of Paleontology. 2014年8月14日閲覧。
  6. ^ Cialdini, Robert B (2008-08-08). Influence: Science and Practice (5th ed). Prentice Hall. ISBN 978-0-205-60999-4 
  7. ^ “製薬会社から医師への謝金、個人別開示へ 72社指針”. 朝日新聞デジタル. (2014年7月10日). オリジナルの2014年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140813104324/http://www.asahi.com/articles/ASG795G0ZG79ULBJ00S.html  2014年8月13日閲覧
  8. ^ “原稿料、講演料などの謝礼金額開示に反発。情報公開を先送りにした医師会の反撃”. ダイヤモンド・オンライン. (2013年4月1日). https://diamond.jp/articles/-/34001  2014年8月13日閲覧
  9. ^ “治験ナビ-治験・医薬用語集<バイアス>”. http://www.chikennavi.net/word/bias.htm#Top  2014年8月13日閲覧
  10. ^ Wilmshurst, Peter. “Dishonesty in Medical Research”. Medico-Legal Society. 2013年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月14日閲覧。
  11. ^ a b Joel Lexchin; Bero, LA; Djulbegovic, B; Clark, O; Lisa A Bero, Benjamin Djulbegovic, Otavio Clark (2003-05-31). “Pharmaceutical industry sponsorship and research outcome and quality: systematic review”. BMJ 326 (7400): 1167-1170. doi:10.1136/bmj.326.7400.1167. PMC 156458. PMID 12775614. http://www.bmj.com/cgi/content/abstract/326/7400/1167. 
  12. ^ 津谷喜一郎、正木朋也「エビデンスに基づく医療(EBM)の系譜と方向性 保健医療評価に果たすコクラン共同計画の役割と未来」(pdf)『日本評価研究』第6巻第1号、2006年3月、3-20頁、NAID 40007259318 
  13. ^ 浜田知久馬、中西豊支、松岡伸篤「医薬研究におけるメタアナリシスと公表バイアス」『計量生物学』第27巻第2号、2006年、139-157頁、doi:10.5691/jjb.27.139 
  14. ^ Christina Turner; George J Spilich (1997). “Research into smoking or nicotine and human cognitive performance: does the source of funding make a difference?”. Addiction 92 (11): 1423-1426. doi:10.1111/j.1360-0443.1997.tb02863.x. PMID 9519485. http://www3.interscience.wiley.com/journal/119158100/abstract?CRETRY=1&SRETRY=0. 
  15. ^ vom Saal FS, Myers JP (2008). “Bisphenol A and Risk of Metabolic Disorders”. JAMA 300 (11): 1353-5. doi:10.1001/jama.300.11.1353. PMID 18799451. http://jama.ama-assn.org/cgi/content/full/300.11.1353. 
  16. ^ Stephen Daniells (2009年9月25日). “Splenda study: Industry and academia respond”. Foodnavigator.com. http://www.foodnavigator.com/Science-Nutrition/Splenda-study-Industry-and-academia-respond 
  17. ^ 『選択』 (2014年2月号). “武田薬品も臨床試験で「捏造」。ノバルティスより「悪質」な不正”. http://www.sentaku.co.jp/pick-up/post-3235.php  2014年8月14日閲覧

全体の参考文献

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  • シェルドン クリムスキー (Sheldon Krimsky) (2006). 産学連携と科学の堕落(Science in the Private Interest). 東京: 海鳴社. ISBN 978-4875252320 

外部リンク

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