兵庫縣姫路護國神社

兵庫県姫路市にある神社

兵庫縣姫路護國神社(ひょうごけんひめじごこくじんじゃ)は、兵庫県姫路市にある護国神社。兵庫県西部地区出身(播州・但馬地区十二市十五郡)の戦没者56988柱を祀る。姫路城の中曲輪内の敷地に当たる(現:姫路公園)。

兵庫縣姫路護國神社

拝殿
地図
所在地 兵庫県姫路市本町118
位置 北緯34度50分8.6秒 東経134度41分40.6秒 / 北緯34.835722度 東経134.694611度 / 34.835722; 134.694611 (兵庫縣姫路護國神社)座標: 北緯34度50分8.6秒 東経134度41分40.6秒 / 北緯34.835722度 東経134.694611度 / 34.835722; 134.694611 (兵庫縣姫路護國神社)
主祭神 兵庫県西部地区出身の戦没者
社格 内務大臣指定護国神社
別表神社
創建 昭和13年(1938年
例祭 5月2日
11月2日
地図
兵庫縣姫路護國神社の位置(兵庫県内)
兵庫縣姫路護國神社
兵庫縣姫路護國神社
兵庫縣姫路護國神社の位置(日本内)
兵庫縣姫路護國神社
兵庫縣姫路護國神社
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歴史

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江戸時代は武家屋敷、明治時代に中曲輪が軍用地となってからは調馬場であった。

1893年明治26年)より毎年、現鎮座地の近くに祭庭を設けて招魂祭が行われていたが、正式な社殿を造営して招魂社とすることとなり、1936年昭和11年)に鎮座地を決定、1938年(昭和13年)に竣工・鎮座した。翌1939年(昭和14年)、制度改革により兵庫縣姫路護國神社となり、内務大臣指定護国神社となった。第二次世界大戦後のGHQ占領下は、「護国神社」の名称では軍国主義施設として廃止される虞があるとして、姫路城の別名の白鷺城に因んで「白鷺宮」と改称していた。独立後は元の社名に復した。

戦後、年月を経て神社を支えてきた遺族、戦友などの高齢化、戦没者に対する意識の変化による参拝者の減少が危惧されている。

兵庫県内には、他に神戸市兵庫縣神戸護國神社があり、こちらは県東部の戦没者を祀っている。姫路城の近くには別表神社射楯兵主神社播磨国総社)があり、ほかに姫路城内に酒井正親を祀る姫路神社がある。

境内

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境内は本殿・社務所の他、白鷺宮と呼ばれる結婚式場・休憩所などが建つ。

此の他、「鉄五四五四部隊 比島散華碑」・「姫路歩兵第百三十九連隊 鎮魂碑」・「第十七師団 鎮魂碑」などの慰霊碑が建つ。

ギャラリー

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脚注

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注釈

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出典

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関連項目

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外部リンク

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