入破音
入破音(にゅうはおん、英: implosive)は子音のタイプのひとつで、発声可能な状態の喉頭の押し下げによる気流始動と声帯の振動、および閉鎖の開放と空気の流入によって特徴づけられる、有声声門気流吸気閉鎖音である(キャットフォード 2006:62f)。放出音、吸着音と並んで、肺からの呼気を用いない非肺気流機構の子音である。
調音過程
編集喉頭より上部の調音点で閉鎖を作り、声門は声帯が振動可能な状態にする。喉頭を急激に押し下げると口腔内の気圧が低下し、声門の下の空気が上向きに流れ出て声帯を振動させる。同時に外との気圧差がある状態で調音点の閉鎖が開放され、外から弱い内向きの気流が作り出される。
特徴
編集入破音の場合は、口腔内に完全な閉鎖を形成しておく必要があるので、摩擦音的な調音は行いにくい。
なお、入破音(implosive)は内破音(ないはおん、implosive)と英語の呼称は同じであるが、内破音は肺臓気流音の一種の無開放閉鎖音(unreleased stop)を指し、この両者はまったく異なる音であり、無関係である。
言語
編集入破音はシンド語、アフリカのナイル・サハラ語族やニジェール・コンゴ語族の諸言語、アメリカの諸言語など、多くの言語で音素として破裂音と対立をなす。一方、ベトナム語、チワン語、海南語、広西チワン族自治区の広東語などでは、無気両唇破裂音[p]や無気歯茎破裂音[t]に代わって、それぞれ両唇入破音[ɓ]と歯茎入破音[ɗ]が使われる場合があるが、異音であって、意味の区別には用いられない。
無声の入破音を発音するのは難しくないが、空気力学的な理由から通常有声音である[1]。西アフリカのセレール語のように無声入破音を持つ言語も見られる。このため、1989年に無声の入破音のための国際音声記号(ƈ ƙ ƥ ʠ ƭ)が定義されたが、1993年に廃止された[1]。
国際音声記号
編集国際音声記号では以下の音が区別される。
現行(2005年版)の国際音声記号には存在しないが、以下の記号が使われることがある[2]。
- [ᶑ] - そり舌入破音
脚注
編集参考文献
編集- J.C.キャットフォード (2006)『実践音声学入門』竹林滋・設楽優子・内田洋子(訳)大修館書店。
- ジェフリー・K・プラム、ウィリアム・A・ラデュサー 著、土田滋・福井玲・中川裕 訳『世界音声記号辞典』三省堂、2003年。ISBN 4385107564。
- 子音
肺臓気流 両唇 唇歯 歯 歯茎 後部歯茎 そり舌 硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂 咽頭 声門 破裂 p b (p̪) (b̪) (t̪) (d̪) t d ʈ ɖ c ɟ k ɡ q ɢ ( ʡˤ) ʔ 鼻 (m̥) m (ɱ̊) ɱ (n̪̊) (n̪) (n̥) n ɳ ɲ ŋ ɴ ふるえ (ʙ̥) ʙ (r̥) r ʀ はじき (ⱱ̟) ⱱ ɾ ɽ (ɟ̆) (ɢ̆) (ʡ̆) 摩擦 ɸ β f v θ ð s z ʃ ʒ ʂ ʐ ç ʝ x ɣ χ ʁ ħ ʕ h ɦ 側面摩擦 ɬ ɮ 接近 (β̞) (ʋ̥) ʋ (ɹ̥) ɹ ɻ j ɰ 側面接近 (l̥) l ɭ ʎ ʟ 非肺臓気流 吸着 ʘ ǀ ǃ 𝼊 ǂ ǁ (ʞ) 入破 ɓ ɗ̪ ɗ (ᶑ) ʄ ɠ ʛ 放出 pʼ (t̪ʼ) tʼ ʈʼ c’ kʼ (qʼ) sʼ その他 同時調音 ʍ w ɥ ɕ ʑ ɧ (k͡p) (ɡ͡b) (ŋ͡m) 喉頭蓋音 ʜ ʢ ʡ 舌唇音 (t̼) (d̼) (n̼) (θ̼) (ð̼) その他側面音 ɺ (ɭ̆) (ɫ) 破擦音 p͡ɸ b͡β p̪͡f b̪͡v t͡θ d͡ð t͡s d͡z t͡ʃ d͡ʒ ʈ͡ʂ ɖ͡ʐ t͡ɕ d͡ʑ c͡ç ɟ͡ʝ k͡x ɡ͡ɣ q͡χ ɢ͡ʁ t͡ɬ d͡ɮ ʔ͡h 記号が二つ並んでいるものは、左が無声音、右が有声音。網掛けは調音が不可能と考えられる部分。
丸括弧内はIPA子音表(2005年改訂版)に記載されていないもの。- 国際音声記号 - 子音