佐藤 好助(さとう こうすけ、1942年8月3日 - )は、日本の元競泳選手。種目はバタフライ1964年東京オリンピック日本代表。50m・100m・200mバタフライ元日本記録保持者。熊本県出身[2]

佐藤好助
国籍 日本の旗 日本
泳法 バタフライ
生年月日 (1942-08-03) 1942年8月3日(82歳)
生誕地 熊本県
身長 161 cm[1]
体重 63 kg[1]
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経歴

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1961年当時は八幡製鐵に勤務しており[3]1964年東京オリンピック当時も同じだった[4]

1963年の世界ランキングでは3位につけていた[5]

1964年東京オリンピックで男子200メートルバタフライに出場し、予選を3位通過したものの、準決勝では0.2秒差で決勝進出を逃した[5][6]

日本水泳連盟が後に作成した「バタフライに関する調査研究報告書」では、体の小さな佐藤は「脚のけりを主軸とし,ストローク毎に水中深く潜って伸びを利用する」泳法だったが、競り合いで水面の波が大きくなると潜水ごとに体が動揺で不安定になったと記されている[7]

脚注

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  1. ^ a b Olympedia – Kosuke Sato” (英語). www.olympedia.org. 2022年2月12日閲覧。
  2. ^ 日本水泳連盟『水泳』151号、6頁
  3. ^ 水泳 第141・142号 (PDF) 』 - 日本水泳連盟(1961年12月、p.2を参照)
  4. ^ “【TOKYO2020 地方からの挑戦】(1)「Uターン」アスリート 地元で自分取り戻した”. 西日本新聞. (2019年7月24日). https://www.nishinippon.co.jp/item/n/529486/ 2022年2月12日閲覧。 
  5. ^ a b “東京の借りは東京で返す メダル1個、55年前の競泳陣に何が起きていたのか”. 産経新聞. (2019年10月21日). https://www.sankei.com/article/20191021-PAPLCJWAPBO7JEWNOE55I46FRU/ 2022年2月12日閲覧。 
  6. ^ "Kosuke Sato Olympic Results". Sports-Reference.com. Sports Reference LLC. 2016年10月29日閲覧
  7. ^ バタフライに関する調査研究報告書 - 日本水泳連盟(リンク先は日本財団ウェブサイト、1997年)

関連項目

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外部リンク

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