低エネルギー遷移(ていエネルギーせんい、英語: low-energy tranfer)とは、地球から月へ宇宙機を送り込むとき、一度細い楕円軌道で地球-太陽系のL1やL2に近い位置へ宇宙機を送り、太陽の摂動によって地球周回軌道に必要な角速度を得て膨らんだ楕円軌道に遷移し、月で減速スウィングバイを行い捕獲される軌道遷移である。ホーマン遷移二重楕円遷移などの古典的な遷移方法に比べ少ない推進剤の消費で軌道を遷移できるが[1][2]、長い遷移時間が必要なため、月への無人ミッションでよく利用される。

低エネルギー遷移による地球から月への軌道の例
       GRAIL-A ·       Moon ·       Earth

弾道捕獲は低エネルギー遷移の一種である。 低エネルギー遷移は弱安定領域英語版の軌道として知られている。

一般に、不安定なラグランジュ点同士を結ぶ軌道は、小さなデルタV(速度変更)で太陽系を移動する道として利用でき、ITN(Interplanetary Transport Network英語版)と呼ばれることがある [3]。低エネルギー遷移は太陽-惑星系のL1L2と惑星-衛星系のL2を結ぶITNの一種といえる。

低エネルギー遷移を使用した計画

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以下に、低エネルギー遷移を使用した計画の一覧を示す。括弧内は開発した宇宙機関を表す。

進行中のミッション

将来のミッション

歴史

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月への低エネルギー遷移は日本の宇宙機ひてんによって1991年に初めて実証された。ひてんは月スウィングバイの途中、孫衛星はごろもを分離した。はごろもは月周回軌道に入ったと推定されているが、通信障害のため確認はできなかった。 ジェット推進研究所エドワード・ベルブルーノ英語版は、この失敗について聞いており、主探査機「ひてん」が月周回軌道に入ることができる弾道捕捉軌道を開発することでミッションの救出に協力した。 彼らが「ひてん」のために開発した軌道は、弱安定領域の境界を使用し、楕円形のスイングバイ軌道に対するわずかな摂動のみを必要とし、宇宙船のスラスターによって達成できた[1]。 このコースでは、探査機はゼロデルタVで月周回軌道に一時的に捕捉されるが、ホーマン遷移では3日かかるところが、5か月もかかった[9]


ΔVの節約

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地球低軌道から月周回軌道への遷移では、従来の月軌道遷移英語版と比べて低エネルギー遷移によるΔVの節約は25%に達し、ペイロードを従来の倍にすることができる[10]

Robert FarquharはかつてΔVが3.5 km/sの9日間の月軌道への遷移を提案した[11]

Belbrunoの低エネルギー遷移は月軌道への遷移に3.1 km/sのΔVを要求するので、Farquharの遷移軌道と比べてΔVの節約でみれば0.4 km/sにとどまるが、Belbrunoの低エネルギー遷移は地球低軌道離脱時に急激な速度変更を行わないので、上段エンジンの再始動や軌道上での耐久性に限界があり別系統の推進システムが必要な時には、運用上の利点がある[12]

火星の衛星のランデブーでは、フォボスで12%の節約、ダイモスで20%の節約が期待できる[13]

脚注

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  1. ^ a b Belbruno, Edward (2004). Capture Dynamics and Chaotic Motions in Celestial Mechanics: With Applications to the Construction of Low Energy Transfers. Princeton University Press. pp. 224. ISBN 978-0-691-09480-9. http://press.princeton.edu/titles/7687.html 
  2. ^ Belbruno, Edward (2007). Fly Me to the Moon: An Insider's Guide to the New Science of Space Travel. Princeton University Press. pp. 176. ISBN 978-0-691-12822-1. https://archive.org/details/flymetomoonusing00belb/page/176 
  3. ^ 斉藤全弘. “ラグランジュ点について(前篇)”. 2024年3月9日閲覧。
  4. ^ Interplanetary Superhighway Makes Space Travel Simpler // NASA 07.17.02: "Lo conceived the theory of the Interplanetary Superhighway. Lo and his colleagues have turned the underlying mathematics of the Interplanetary Superhighway into a tool for mission design called "LTool," ... The new LTool was used by JPL engineers to redesign the flight path for the Genesis mission"
  5. ^ GRAIL Design at MIT Website”. 2012年1月22日閲覧。
  6. ^ Spaceflight101 GRAIL Mission Design”. 2012年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年1月22日閲覧。
  7. ^ Danuri all set for Korea's first moon exploration” (英語). www.kari.re.kr (6 June 2022). 2022年7月30日閲覧。
  8. ^ BepiColombo overview” (英語). www.esa.int. 2019年12月3日閲覧。
  9. ^ Frank, Adam (September 1994). “Gravity's Rim”. Discover. http://discovermagazine.com/1994/sep/gravitysrim419/. 
  10. ^ Calculation of Weak Stability Boundary Ballistic Lunar Transfer Trajectories”. AIAA/AAS Astrodynamics Specialist Conference (2000年). 2024年3月9日閲覧。
  11. ^ Farquhar, Robert (1971年). “THE UTILIZATION OF HALO ORBITS IN ADVANCED LUNAR OPERATIONS”. www.lpi.usra.edu. 2020年8月2日閲覧。
  12. ^ Parker, Jeffrey; Anderson, Rodney (25 June 2014). Low-Energy Lunar Trajectory Design. pp. 24. ISBN 9781118855317. https://books.google.com/books?id=epTqAwAAQBAJ 
  13. ^ Human & robotic mission applications of low-energy transfers to Phobos & Deimos” (2011年). April 25, 2012時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月9日閲覧。

外部リンク

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関連項目

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