伊藤 謙二(いとう けんじ、1889年6月5日 - 1970年1月27日)は、日本銀行家。第9代日本興業銀行総裁や、初代復興金融金庫理事長を務めた。

人物・経歴

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新潟県北魚沼郡小出町(のちの魚沼市)出身。1915年東京高等商業学校(現一橋大学)卒業。日本興業銀行入行後、証券課長大阪支店長、副総裁等を歴任した[1][2]日本の降伏後、1946年に第9代総裁に昇格すると、復興金融部の創設を行い復興特別融資を開始した[3]。1947年には復興金融金庫の初代理事長に就任し、戦後復興期の日本再建にあたった。1949年日遭製鋼会長[1][2]

脚注

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  1. ^ a b 伊藤謙二(読み)いとう けんじ講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  2. ^ a b 「伊藤 謙二(読み)イトウ ケンジ」日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)
  3. ^ 「当行の歩み - みずほフィナンシャルグループ」 みずほフィナンシャルグループ
先代
河上弘一
日本興業銀行総裁
1946年 - 1947年
次代
栗栖赳夫