今村貞治
日本の陸軍軍人
今村 貞治(いまむら ていじ、1887年(明治20年)7月27日[1] - 1961年(昭和36年)5月29日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
今村 貞治 | |
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生誕 |
1887年7月27日 日本 福岡県 |
死没 | 1961年5月29日(73歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1910年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
経歴
編集1887年(明治20年)に福岡県で生まれた[1]。陸軍士官学校第22期卒業[1]。1936年(昭和11年)に陸軍造兵廠小倉工廠砲具製造所長に就任し[2]、1937年(昭和12年)に陸軍砲兵大佐に進級した[2]。1938年(昭和13年)に陸軍造兵廠技術部長に転じ[2]、1939年(昭和14年)に陸軍造兵廠南満工廠長に就任した[2]。
1940年(昭和15年)3月9日に陸軍少将に進級し[2]、4月1日より南満陸軍造兵廠長となる[1]。1941年(昭和16年)4月に留守近衛師団司令部附となり[1]、1942年(昭和17年)9月に第13軍兵器部長に就任した[1]。1943年(昭和18年)6月に対馬要塞司令官に就任し[1]、1945年(昭和20年)3月1日に待命[1]、3月31日に予備役に編入された[1]。
脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。