今出川公彦
今出川 公彦(いまでがわ きんひこ)は、戦国時代の公卿。権大納言・今出川季孝の子。官位は従一位・左大臣。菊亭家は別号を今出川家とも称した。
時代 | 戦国時代 - 安土桃山時代 |
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生誕 | 永正3年(1506年) |
死没 | 天正6年1月23日(1578年3月1日) |
別名 | 号:上善院 |
官位 | 従一位、左大臣 |
主君 | 後柏原天皇→後奈良天皇→正親町天皇 |
氏族 | 今出川家 |
父母 | 父:今出川季孝 |
兄弟 | 公彦、庭田重親室 |
子 | 晴季、空慶 |
経歴
編集永正4年(1507年)に叙爵。以降累進して、侍従・左近衛中将を経て、永正15年(1518年)に従三位・参議となり、公卿に列する。権中納言・踏歌節会外弁を経て、大永5年(1525年)権大納言に就任する。大永6年(1526年)から天文元年(1532年)まで神宮伝奏を務めた。天文8年(1539年)に右近衛大将、さらに天文11年(1542年)には左近衛大将へと昇進。天文12年(1543年)内大臣に任命される。同年に左近衛大将を辞職。
天文14年(1545年)には右大臣、天文15年(1546年)には左大臣を拝命するも翌年に辞職。天文16年(1547年)に従一位を授与された。永禄2年(1559年)に出家。